第42話 03 「夢魔の囁き」
朝の淡い光が、古びた窓を通して静かに差し込み、
金色の柔らかな輝きが部屋の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせる。
夜の冷気がまだわずかに空気の中に残り、眠れるスラム街は依然として静寂に包まれていた。
夜明けの薄明かりが広がる中、小さな少年は静かに目を覚ました。
その動きは軽やかで無駄がなく、まるで長年の習慣のように手際が良い。
手短に荷物をまとめると、彼は静かに部屋を出ようとした。
しかし、その瞬間——
「ねえ、私を置いて行くつもり?」
不意に背後から、気だるげでどこか愉快そうな声が響いた。
少年はわずかに動きを止め、振り返る。
そこには、ベッドの端にもたれかかるように座るセレナの姿があった。
金色の瞳が半分だけ開き、口元には意味深な笑みが浮かんでいる。
寝起きのせいか、長い髪は少し乱れているが、それすらも彼女の気まぐれな雰囲気と相まって違和感がなかった。
少年は眉をひそめ、淡々とした口調で言う。
「……こんなに早く起きられるなんて、意外だな。」
鋭い視線がセレナを横目で流し見る。
その目にはどこか疑いの色が滲んでいた。
「君は昼過ぎまで寝ているタイプかと思ってた。」
セレナはくすっと笑い、無造作に髪をかき上げながら肩をすくめる。
「あら、私を甘く見ないでよ? 小さな坊や。」
彼女は少し身を乗り出し、挑発するように少年をじっと見つめる。
唇の端には、どこか企みを秘めたような笑みが浮かんでいた。
「私にはね、やることが山ほどあるの。」
少年は不機嫌そうに眉をひそめ、軽く鼻を鳴らした。
「……‘坊や’って呼ぶのやめろ。」**
彼の声音は静かだったが、どこか拗ねたような微妙な感情が滲んでいた。
「そんな呼び方、まるで子供扱いされてるみたいで嫌だ。」
セレナは一瞬驚いたように目を瞬かせたが、すぐに面白がるように笑みを深めた。
彼女は軽く瞬きをすると、少年が警戒する間もなく、そっと身を寄せた。
そして、ふいに背後から腕を伸ばし、少年の首にふんわりと腕を回した。
その動作は驚くほど自然で、優しく、それでいて無邪気な悪戯心に満ちていた。
「ふふ……やっぱり小さい。」
セレナはくすくすと笑いながら、抱きしめたまま少年の身体を確かめるようにそっと触れる。
「でも、こうしてみると……本当に可愛いわね。」
彼女はゆっくりと顔を傾け、その横顔をじっくりと眺める。
金色の瞳に映るのは、ぎこちなく固まったままの少年の姿。
「それにね……君の頬、すっごく柔らかい。」
彼女は愉快そうに囁き、ふわりと微笑む。
そして、ほんの悪戯心で、少年の耳元にふっと優しく息を吹きかけた。
次の瞬間——
少年の肩がビクッと震えた。
まるで雷に打たれたかのように彼は素早く身を引き、勢いよくセレナの腕から逃れた。
その顔は一瞬で真っ赤に染まり、熟れたリンゴのように赤みが増していく。
「お、お前……そ、そういうのはやめろ!」
慌てふためく少年の様子を見て、セレナは満足げに微笑んだ。
その目には、完全に獲物を手中に収めた捕食者のような光が宿っていた。
「ふふっ……それでも ‘坊や’ じゃないって?」
彼女はゆっくりと眉を上げ、まるで試すような声音で言った。
「その反応……どう見ても純情すぎるわよ?」
セレナは小さくため息をつきながら、ふと考え込むような仕草を見せた。
「……どうしようかしら?」
彼女は顎に手を当て、わざとらしく悩む素振りをする。
「うーん……君のこと、本当にペットにして飼いたくなっちゃう。」
彼女の声音は甘く、どこか危うげだった。
その響きは、まるで気に入った玩具を手放したくない子供のような、そんな歪んだ執着を含んでいた。
しかし——
少年は大きく息を吸い込み、必死に熱を帯びた頬を冷まそうとする。
そして、冷静さを取り戻そうとしながら、彼女に背を向け、呆れたように呟いた。
「……もう、からかうのはやめろよ。」
彼の言葉は小さな抵抗のようにも聞こえたが、その声には本気の怒りはなく、ただ戸惑いと困惑だけが滲んでいた。
セレナは軽く肩をすくめ、彼の反応を楽しむようにくすくすと笑う。
朝の光が窓から差し込み、彼女の琥珀色の瞳を優しく照らしていた。
まるで獲物を見つけた狩人のように——
愉快そうに、そして飽くことなく彼を眺めていた。




