第42話 01 「あの夜」
二人は古びた階段をゆっくりと上っていく。足元の木板はぎしぎしと軋み、その音がまるで長い年月の重みを語っているかのようだった。夜の闇が隙間からこぼれ、壁にまだらな影を落とす。その光景はどこか幻想的でありながら、静寂と荒涼とした空気をより際立たせていた。
やがて、彼らは奇妙な方法で少年の部屋の窓の前にたどり着いた。少年は慣れた手つきで、窓際の埃をかぶった花瓶から錆びついた鍵を取り出す。そして、指先で軽く回すと、「カチリ」という乾いた音とともに窓が開いた。その動きには一切の迷いがなく、まるで何度も繰り返してきた動作のようだった。
少年は身軽に部屋へと飛び込み、振り返ってセレナを見た。彼の瞳は水面のように静かで、その口調もまた、波一つない穏やかさを保っていた。
「君のことは……嫌いじゃないよ。でも、同じベッドで眠るほど仲良くもない。」
そう言って、簡素な木の板のベッドを指さす。
「ベッドは君が使えばいい。僕は床で寝るから。」
部屋は狭く、ほんの少し身を翻すだけで家具にぶつかりそうだった。壁は傷み、ところどころ剥がれた漆喰が無惨な姿を晒している。部屋の中には古びた木の匂いがほのかに漂い、生活感の乏しい殺風景な空間が広がっていた。唯一の光源は、窓の外から差し込む星の明かり。それは仄かに青く輝き、室内を夜の静寂に包み込んでいた。
セレナはゆっくりと部屋を見渡し、琥珀色の瞳を細める。その表情にはどこか興味深そうな色と、わずかな警戒の影が滲んでいた。
「……随分と狭い部屋ね。」
彼女の声は柔らかかったが、その奥には何かを探るような響きがあった。
「そういえば聞いてなかったけど、君みたいな年の子なら普通、家族がいるものじゃないの? 彼らは? 一緒に暮らしてないの?」
彼女は腕を組み、窓枠にもたれかかる。わずかに首を傾げ、面白がるような目つきで少年を見つめた。
しかし、少年はただ静かに彼女を見返すだけだった。その唇には、冷笑とも自嘲ともつかない、淡い微笑みが浮かんでいた。
「もし、僕の家族に見つかることを心配しているのなら、その必要はないよ。」
彼の声は驚くほど穏やかで、まるで他人事のようだった。
「僕がこの部屋から出ない限り、誰も入ってこない。」
「彼らはとっくに僕をここに捨てたんだ。ただ放っておかれたままさ。」
彼の口調は淡々としていたが、その裏にあるわずかな疲労感をセレナは聞き逃さなかった。
窓の外から冷たい風が吹き込み、少年の前髪をふわりと揺らす。それとともに、かすかな夜の匂いが漂ってきた。
「でも……幸運だったのか、それとも不運だったのか。」
彼はふと呟くように言い、視線を落とす。




