第41話 最終章 流れる光
教えてやるよ。ここは汚い。」
彼は歩きながら、平然とした声で言った。それは、あまりにも当たり前の事実を伝えるかのような口調だった。
「豪華な建物もなければ、羨まれるような華やかさもない。」
彼はセレナを連れ、貧しさと荒廃が広がる街の隅々を見せて回った。
セレナは静かに周囲を見渡す。琥珀色の瞳に映るのは、朽ちた木造の家、泥で汚れた道端、壁際にうずくまる浮浪者たち……どれも、今まで彼女が目にしてきた景色とはかけ離れていた。
「……スラム街、か。」
彼女はぽつりと呟く。その声には驚きも嫌悪もなく、むしろ少しの興味が滲んでいた。そして、ふっと微笑むと、金色の瞳が夜の闇に輝く。
「こんな場所に住んでるんだね。ふーん……」
セレナは少年を見上げ、何か考えるように目を細める。
「あなたってさ、今まで私が見てきた人たちとは……ちょっと違うね。」
その声は柔らかく、どこか楽しげだった。まるで、まだ見ぬ未知の風景を味わうかのように。
「まあ、そりゃ違うだろ。」
少年は静かに微笑み、淡々と言葉を紡ぐ。
「ここはスラムだ。お前が見てきた世界とは別物なんだよ。」
彼の言葉が終わるよりも早く、セレナはふいに目を細め、唇の端を上げた。
「でもね……」
彼女はふわりと顔を上げる。目線の先には、乱雑な屋根の向こうに広がる夜空。
「ここは確かに、私が知っている場所ほど華やかじゃないけど……」
少し言葉を切り、優しく微笑む。
「空が綺麗だね。」
彼女の瞳は、煌めく星々を映していた。深い夜空に瞬く光は、まるで流れる宝石のように幻想的だった。
「……私は、この流れるような光の空が好き。」
彼女の言葉は静かに夜へと溶けていく。
少年はその言葉にわずかに目を見開き、無意識に夜空を見上げた。
闇の中に、無数の星が瞬いている。まるで砕けた金砂が漆黒の天幕に散りばめられたようだった。遠くの町の灯りが薄雲に映り、穏やかに流れている。
「流れる……光。」
少年は小さく呟き、唇の端をわずかに持ち上げた。
次の瞬間、セレナはくすっと笑い、少しだけ首を傾げる。その瞳はどこかいたずらっぽい輝きを宿していた。
「ねぇ、もしかして……私のこと、好きになっちゃった?」
彼女の声は茶化すように甘く響く。
少年は一瞬動きを止め、それからわずかに顔を背け、嫌そうに言い放つ。
「なるわけねえだろ。」
その声は、迷いのない、きっぱりとしたものだった。




