第41話 20 「蜃気楼」
夜の帳が降りる中、かすかな灯りが荒れ果てた路地を照らし、湿った埃の匂いが漂っていた。
セレナはゆっくりと少年の隣を歩く。琥珀色の瞳が微かな光を受け、仄かに煌めいた。彼女はわずかに首を傾げ、目を細めながら、悠然とした口調で問いかける。
「ねえ、聞かせて?」
その声は柔らかく、それでいてどこか探るような響きを帯びていた。
「あなた、まるで傷を負っているみたいね。それは……死にたい気持ちと関係があるの?」
「それとも、ただこの世界の重みに耐えられなかっただけ?」
言葉は夜風のように静かに流れ、少年の耳元をかすめた。
少年はその言葉にわずかに足を止めたが、その表情は微動だにしない。ただ伏し目がちに黙り込み、何かを考えているようだった。そして、しばらくしてからゆっくりと口を開いた。
「……そんなこと、お前に話す気はない。」
その声は低く、冷淡だった。まるで意図的に距離を取ろうとしているかのように。だが、次の瞬間、彼は顔を上げ、淡々とした眼差しでセレナを見つめた。
「今、重要なのは俺が楽しくなることだろ?」
「そうすれば……お前は俺の魔力を完全に吸収できるんじゃないのか?」
セレナは瞬きをし、肩をすくめると、意味深な笑みを浮かべてゆっくりと頷いた。
少年はしばらく彼女を見つめた後、ふと躊躇うように問いかける。
「お前は……昔、何をしていたんだ?」
その声には、かすかな興味が滲んでいた。
「こんな風に、死にたがってる奴に会ったことはあるのか?」
彼の目は深く静かで、まるで底の見えない湖のようだった。
セレナは彼の問いに、ゆっくりと眉を上げ、唇の端に淡い笑みを浮かべた。
「ふぅん?」
彼女は軽く身を乗り出し、腕を組んで少年を見つめる。微笑みは、挑発するようで、どこか楽しげだった。
「自分のことも話さないくせに、どうして私が教えてあげなきゃいけないの?」
その声はまるで蜜のように甘く、しかし微かにくすぐるような響きを含んでいた。
少年はしばし沈黙し、それから静かに頷いた。
「……まあ、確かに。」
彼は特に驚く様子もなく、ただ淡々とした口調で続けた。
「けどさ、お前のことをもっと知れたら、これからの関係がスムーズになるかもしれない。」
少し間を置き、遠くの薄暗い街並みに視線を向ける。
「どうせ、しばらくは一緒にいることになるんだから。」
セレナは眉をひそめ、面白そうに目を輝かせると、笑みを深めた。
「へぇ? なかなか覚悟ができてるじゃない?」
少年は彼女の茶化すような言い方を気に留めず、淡々と続ける。
「ついでに、この辺りを案内してやるよ。」
そう言うと、彼は歩き出し、狭い路地を進んでいく。崩れかけたレンガの壁に、ぼんやりとした灯りが影を落としていた。空気は炭火の香りと腐臭が混じり、角を曲がるたびに、小さな囁き声や子供たちの笑い声がかすかに響いてくる。




