第41話 15 召喚の夜
部屋には淡いろうそくの光が揺らめき、微かな炎が少年の真剣な表情を照らしていた。彼は息を殺し、わずかに震える手で粉筆を握りしめ、冷たい床に慎重に線を描いていく。たった一筆の狂いが、すべてを無に帰すかもしれない——その恐れが、彼の指先にさらなる緊張をもたらした。
やがて、魔法陣がゆっくりと形を成していく。複雑な符文が絡み合い、不気味で神秘的な模様を描き出す。少年は古びた書物を何度も見返し、誤りがないことを確かめると、ゆっくりと立ち上がった。
空気が、どこか重たくなった気がした。
少年は喉を鳴らし、乾いた唇をそっと舐める。そして、低く静かな声で、伝説に語られる悪魔召喚の呪文を唱え始めた。その響きは奇妙な抑揚を持ち、まるで異界の扉を叩くかのように、慎重に一音ずつ紡がれていく。
だが——
何も起こらなかった。
少年は眉をひそめ、その瞳にわずかな失望の色を浮かべる。しかし、彼は諦めきれなかった。再び、今度はより力強く、願いを込めて呪文を唱える。
それでも、魔法陣は沈黙を保ったまま、まるでただの落書きのように動く気配すら見せない。
「やっぱり……全部嘘だったんだな……」
少年の声には落胆の色がにじみ、彼の指先が虚ろに垂れる。だが、その瞬間——
地面の魔法陣が突然、妖しい赤い光を放った。
光はまるで燃え上がる炎のように激しく脈打ち、符文の隙間には小さな稲妻が走る。空気中には微かに焦げたような匂いが漂い始めた。
そして——
光が激しく明滅し、まるで爆発寸前の爆弾のように不穏な鼓動を刻み始めた!
少年の心臓が強く跳ねる。本能が警鐘を鳴らした。ここにいたら危険だ、と。
彼は反射的に身を翻し、よろめきながら部屋の隅へと駆け込む。そして次の瞬間——
「ドォン——!!!」
轟音とともに、爆風が部屋中を駆け抜けた。衝撃波が空間を震わせ、狂ったような風が巻き起こる。机の上の書物は宙を舞い、床の埃とともに乱雑に吹き飛ばされた。
すべてが静寂に沈むまで、どれほどの時間が流れたのか。
少年は、震える指先で壁を伝いながら、恐る恐る顔を上げた。胸の奥で、心臓がまだ強く脈打っている。
魔法陣は跡形もなく消え去り、床には黒く焼け焦げた痕だけが残っていた。しかし、それ以上に異様なのは——
部屋いっぱいに漂う、紫とピンクが入り混じった幻想的な霧。
それはまるで生き物のように揺らめき、幽玄な光を孕んでいる。その奥、霧の中心に、一つの影がぼんやりと浮かび上がった。
それは、まるで虚無から現れたかのように、そこに“立っていた”。
霧がゆっくりと晴れる。
少年の目が、その姿を捉えた瞬間——彼の全身が凍りついた。
そこにいたのは、この世のものとは思えぬほど美しい少女だった。
彼女は黒いドレスを身に纏っていた。裾はAラインを描き、慎ましさと妖艶さが絶妙に溶け合うデザイン。アシンメトリーな裁断が神秘的な雰囲気を醸し、多層に重なる繊細なレースが、微かな光を受けて揺れている。そのドレスの生地には、ごく淡く紫色の光を宿した暗紋が織り込まれており、まるで夜空に漂う幻影のように儚げだった。
彼女の姿は、あまりにも鮮烈で、あまりにも非現実的で——
少年は、ただ、息をすることすら忘れて、その存在を見つめることしかできなかった。




