第41話 12 《梦狩者》
夜の闇は深く静かで、まるで解き明かされぬ秘密を語るかのように、静寂が庭に満ちていた。
ニックスは街角に立ち、遠くを見つめながら、平静な声で、それでいてわずかに思案の色を滲ませながら言った。
「……わかった。考えてみるよ。第46番街で会おう。」
その言葉が終わると同時に、目の前の少年はまるで影のように夜闇へと消えていった。
彼の足音は驚くほど軽く、まるで闇と一体化した亡霊のように、その存在の痕跡すら風に溶けるかのようだった。
星は静かにその方向を見つめ、小さく呟いた。
「夜、本当にあの子を信じるの?」
そう言ってから彼女はニックスの方へ振り返る。澄んだ瞳は揺らぐことなく、真っ直ぐに彼を見つめていた。
「夜は優しい人だから、きっと放っておけないよね?」
ニックスは少しだけ苦笑し、静かに息をつく。
「……あの子が言っていた‘魔物’が何なのかはまだ分からないけど、あの様子を見る限り、本当に助けを求めていることは確かだ。」
彼は夜風に髪を揺らしながら、迷いのない口調で言った。
「助けを求める者がいるなら、俺は応えるさ。」
彼はふと横に立つ星を見やり、困ったように肩をすくめる。
「本当は一人で行くつもりだったんだけどな……この子がどうしてもついて来るって言って聞かなくてさ。」
回想はここで途切れた。
***
微かな風が吹き抜け、夜特有の湿った空気が漂う。どこか緊張感のある静寂が辺りを包んでいた。
ニックスは街角の時計を見上げる。約束の時間が迫っていた。
彼はフィードの方を向き、少し真剣な表情で言う。
「時間だな。お前は近くで待機してくれないか?あまり遠くへ行かず、すぐに動ける位置で。」
フィードは片眉を上げ、唇の端にわずかな笑みを浮かべる。
「なるほど、あのガキが見知らぬ人間を見て警戒し、逃げ出すのを防ぎたいってことか?」
ニックスは肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。
「まあな。正直、まだ何を頼まれるのかすら分からない状態だ。だけど、警戒心が強すぎて逃げられたら厄介だからな。」
フィードは壁にもたれかかり、腕を組んでニクスを見やる。
「お前、ほんといい人すぎるだろ。優しすぎてバカを見るタイプじゃないのか?」
ニックスは静かに笑い、まるで何でもないことのように言う。
「俺はただ……助けを求める人を見捨てられないだけさ。助けなかったら、夜も眠れなくなる。」
「だから、これが善意とかじゃなくて、ただの自己満足なんだよ。」
「夜、そんなふうに自分を悪く言わないで。」
星がそっと言い、少しだけ不満げに彼を見つめる。
フィードは「やれやれ」と言いたげに肩をすくめると、すっと身を翻し、ひと跳びで近くの屋根へと飛び乗った。
夜の闇に紛れ、静かに気配を消していく。
***
時間が過ぎ、やがて遠くの暗がりから小さな影が現れた。
それは先ほどの少年だった。
彼は慎重に周囲を見回し、罠がないことを確認すると、ようやくゆっくりとニックスの方へ歩み寄った。
その瞳にはまだ警戒の色が残っていたが、初めて出会ったときのような怯えは、少し和らいでいるように見えた。
少年は唇を引き結び、深く息を吸い込む。そして、わずかに震えた声で、それでもはっきりとした口調で言った。
「……信じてくれて、ありがとう。」
彼は一瞬、躊躇したように視線を落とし、しかし決意を固めたように顔を上げる。
「まず最初に言っておく……俺が助けてほしいのは、俺自身じゃない。」
「俺が助けてほしいのは……**“夢魔”**だ。」
ニックスの瞳がわずかに揺れる。しかし、彼は何も言わず、少年の言葉を待った。
少年は俯き、夜風にかき消されそうなほどの小さな声で続ける。
「彼女の能力は……夢を操ること。人の夢に入り込み、そこから魔力を吸収する。」
「だけど、彼女は決して邪悪な存在じゃない。」
彼はニックスの目を真っ直ぐに見つめ、その瞳に必死の想いを込める。
声はかすかに震えていたが、その意志は揺るがなかった。
「今、彼女は誰かに追われている。俺のお願いは……どうか彼女を助けてほしい。」
昏黄の街灯の下、少年の影は小さく、しかしその背中はどこまでも孤独で、どこまでも真っ直ぐだった。




