第41話 11 《月下の謎と誓い》
フィードは眉をひそめ、困惑した表情で問いかけた。
「……お前がスターを連れてここに来た理由は何だ?」
その言葉を聞いたニックスは、わずかに目を細め、口元に意味深な笑みを浮かべた。低く落ち着いた声でゆっくりと答える。
「……ああ、それは昨夜のことから話さないとな。」
彼の意識は、ゆっくりと昨夜の出来事へと引き戻されていった——
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夜は静寂に包まれ、庭には夜特有の湿った空気が漂っていた。
微風が木々の葉をそっと揺らし、枝影が揺らめく。その隙間から、月の光がかすかに地面を照らしていた。時折、虫の鳴き声が響き、その静けさをさらに際立たせる。
ニックスは石柱にもたれかかり、穏やかな夜のひとときを楽しんでいた。しかし、その静寂は突然破られる——
闇の中から、一つの影が飛び出し、一直線にこちらへと襲いかかってきたのだ!
ニックスの目が鋭く光る。
瞬時に身を引き、反射的に迎撃の構えをとる。しかし、月光がその影を照らしたとき、彼は思わず動きを止めた。
それは、一人の少年だった。
年の頃は十一、二歳ほどだろうか。小柄で細い体つき。栗色の髪は少し乱れて前髪が額にかかり、着ている服は質素な茶色の布地—— どう見ても高価なものではなく、裕福な家庭の出ではないことが一目でわかる。
しかし、不思議だったのは、その子供らしい外見とは裏腹に、彼の雰囲気にはどこか大人びた落ち着きがあったことだ。
ニックスの目が冷たく細められる。
(なぜ、こんな子供がここに? それに、今の突進の仕方……まるで、生きるか死ぬかの瀬戸際で足掻くようだった。)
警戒を解かぬまま、彼は静かに口を開く。
「……こんな場所に、こんな小さな子供が来る理由は何だ? それに、なぜ俺に向かって突っ込んできた?」
少年の体がわずかに震えている。恐怖を感じているのは明らかだった。しかし—— その瞳だけは、まっすぐにこちらを見つめ、決して揺らいでいなかった。
彼は唇を震わせながらも、意を決したように、はっきりと言った。
「……お願い、助けてほしいんだ。」
ニックスは片眉を上げ、疑問の色を滲ませる。
「何があった?」
彼は声の調子を柔らかくし、ゆっくりとした口調で続けた。
「大丈夫、俺は君の敵じゃない。できる限りのことはする。」
その言葉を聞くと、少年の目に一瞬、複雑な感情がよぎった。迷い、戸惑い、そして—— 覚悟。
少年は唇をかみしめ、息を整えてから、低く囁くように言った。
「……助けてほしいのは、僕じゃない。 “魔物” なんだ。 」
ニックスの目が一瞬、鋭く光る。
しかし彼は、少年の言葉を遮ることなく、その先を促すように静かに待った。
少年は拳をぎゅっと握りしめ、必死に言葉を紡ぐ。
「でも……でも、彼女は怪物なんかじゃない!」
その言葉には、焦燥と必死さが滲んでいた。
「彼女は……とても優しい人なんだ! 彼女は僕を傷つけたことなんて一度もない。誘拐されたわけじゃないし、騙されてもいない! 僕の話を信じてほしい!」
少年は目を真っ直ぐに向け、震えながらも懇願するように続けた。
「……もし君が僕を信じてくれるなら、約束してほしい。場所を教えてくれ。明日の正午、そこでまた会おう。そのとき、もっと詳しいことを話す……」
彼の声は震えていた。しかし、それは単なる恐怖だけではない。
まるで、自分の言葉が拒絶されることを何よりも恐れているかのように。
「……ごめん、だけど、君のことを完全に信用することはできない。」
少年はうつむき、申し訳なさそうにしながらも、意志のこもった声で言った。
「もし今、僕がすべてを話して、君が彼女を捕まえようとしたら—— それこそ、終わりなんだ。」
最後の言葉は、風にかき消されるように小さくなっていった。
夜風がそっと少年の髪を揺らす。
暖かな灯りの下、その姿は、今にも消えてしまいそうな儚い影のようだった。
ニックスは彼をじっと見つめ、数秒の沈黙の後—— ふっと、意味深な笑みを浮かべた。




