第41話 10 目の前の少年
震える声でそう呟く彼の目の前には、闇の中から静かに歩み寄る人影があった。
その人影が一歩踏み出すごとに、街灯の光が影をなぞり、その正体を浮かび上がらせる。
ニクス——
彼の瞳は冷たい月光に照らされ、琥珀のように輝いていた。
「この時間、どこに行ってたんだよ……?」
フィードの問いかけに、ニクスは微笑を浮かべながら静かに答えた。
「……さあ、君はどう思う?」
その穏やかな声は夜風に溶けて、答えのないまま闇に消えた。
「まさか、フィード、お前がこんなに怖がりだったとはな。」
ニックスはくすっと笑いながら、からかうような口調で言った。
フィードは眉をひそめ、ムッとした表情でニクスを睨みつける。
「笑いごとじゃないだろ?あの『無限の夢』に巻き込まれてからというもの、行方不明事件には敏感になってるんだよ。もうほとんどトラウマだ。」
彼はそこで言葉を切り、少し考え込むようにした後、ふと疑問を口にした。
「……それより、お前まだ答えてないぞ。スターを連れて、ここで何をしてるんだ?」
ニックスはその問いに対し、目を細め、意味深な笑みを浮かべる。
「それがな……話は昨日の夜にさかのぼる。」
彼は昨夜の出来事を思い出し、記憶の中の情景が徐々に鮮明になっていく。
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静寂に包まれた夜の庭。
風が木々の葉を揺らし、揺らめく影を地面に落とす。
ニックスは石柱にもたれ、心地よい夜の静寂を楽しんでいた。
だが、その穏やかな空気を引き裂くように、突如、闇の中から何かが猛スピードでこちらへと突っ込んできた——!
一瞬にして、彼の全身に緊張が走る。
とっさに後方へ身を引き、迎撃態勢を取る。
しかし、目前に現れたその影を目にした瞬間、彼は思わず動きを止めた。
——それは、少年だった。
年の頃は11、2歳ほどだろうか。
小柄で、痩せた体つきがどこか頼りなげに見える。
乱れた茶色の髪、粗末な布で仕立てられた薄汚れた衣服。
裕福な家の子ではない、むしろ貧しい暮らしをしているように見えた。
「……なんだ、子どもか。」
ニックスは困惑しながら、目の前の少年を観察する。
しかし、少年のほうも彼に気づいた瞬間、ハッとしたように目を見開き、次の瞬間、踵を返して逃げ出した!
「逃げるつもりか?」
ニックスはくすりと笑うと、軽やかに動き、あっという間に少年の行く手を阻む。
少年はもがきながら抵抗したが、力の差は歴然としていた。
やがて観念したのか、肩を上下させながら荒い息を吐き、警戒するようにニクスを睨みつける。
まるで怯えた小動物のような目つきだった。
「怖がるな。俺はお前に危害を加えるつもりはない。ただ、なぜこんなところにいるのか、それを知りたいだけだ。」
ニックスはあえて穏やかな声色でそう告げた。
少年はしばらく黙り込んでいたが、やがて小さく唇を噛みしめると、ためらいがちに言葉を発した。
「……人を探してるんだ。」
ニックスは興味を引かれたように片眉を上げる。
「人探し?こんな場所で?」
少年は答えず、ただ唇をきつく結ぶ。
その仕草には、ためらいや不安が滲んでいた。
数秒の沈黙の後、彼は意を決したように顔を上げ、真剣なまなざしでニックスを見つめながら、静かに言った。
「……手を貸してくれないか?」
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回想から戻り、ニックスは肩をすくめると、気軽な口調で言った。
「まぁ、少し考えたけど……結局、手を貸すことにしたよ。俺もこの件が気になったしな。」
そう言って、彼はフィードのほうへ顎をしゃくる。
「それで、約束した場所がここってわけだ。」
フィードは周囲を見回しながら、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「……なるほど。じゃあ、お前はわざとこの場所を選んだのか?」
「当然だろ?」
ニックスはニヤリと笑い、どこかいたずらっぽい表情を浮かべる。
「もし俺に何かあったら、お前らが手がかりを掴めるようにな。」
「だったら、最初から俺たちに話しておけばよかったじゃないか!」
フィードは思わず声を上げた。
ニックスは深く息をつき、少しばかり面倒くさそうに言った。
「……あの少年が口止めしてきたんだよ。」
フィードはますます訝しげな表情を浮かべる。
静寂に包まれた路地裏。




