第41話 09 「驚かされたよ。」
エリーサは自分的な行動に気づき、慌ててサンディの腕から手を離した。頬がうっすらと赤みを帯び、恥ずかしそうに視線をそらした。
「あ、抱歉……ちょっと緊張しちゃって……」
彼女の声は小さく、指先で頬をかきながら弁解した。
サンディはそんなエリーサの様子にくすりと笑い、悪戯っぽい笑みを浮かべながら肩をすくめた。
「気にしないで。俺は別に嫌じゃないから。」
その軽やかな口調に、エリーサは少しむっとして口を尖らせた。しかし、何か言い返そうとした瞬間、彼女の視線は目の前の銀髪の騎士へと引き寄せられた。
銀髪の騎士は穏やかな笑みを浮かべたまま、優雅な佇まいで立っていた。外見こそ柔和で人懐っこい印象を与えるが、その瞳の奥にはどこか冷ややかな距離感が潜んでいた。
「ここに来た理由は？」
サンディは笑みを消し、眉をわずかにひそめて問いかけた。
「何か特別な任務があるんだろう？君の立場を考えれば、そう簡単に出向くはずがない。」
銀髪の騎士はゆっくりと瞬きをし、口元の微笑みを崩さずに答えた。
「申し訳ありませんが、私自身も詳しいことは知らないのです。」
一瞬、彼の目の奥に影がよぎる。
「ただ、我々の任務は人の夢に影響を及ぼす怪物を捕らえること。それだけです。」
「……夢を操る怪物？」
エリーサは小さくつぶやきながら眉をひそめた。
短い会話の後、銀髪の騎士は優雅にその場を去った。人混みの中へと溶け込む彼の姿は、まるで一瞬の幻のようだった。
「ねえ……」
エリーサは唐突に顔を上げた。
「彼の名前って何て言うの？さっき聞くのを忘れてたわ。」
サンディは一瞬目を細めた後、唇に淡い笑みを浮かべた。
「正確に言うと、俺も知らない。」
「えっ？知り合いなんでしょ？」
「知り合いだが、本名を知ってるわけじゃない。訓練所では彼のことをコードネームで呼んでいた。任務の時の名前もその場で自分で作ったものだったな。」
サンディは遠くの人混みに消えた銀髪の騎士を見つめながら続けた。
「今の名前はサムランだが……彼は絶対に何か別の目的がある。それを話さないのは、俺たちに関わらせたくないからだろう。」
エリーサは興味深そうに目を輝かせた。
「サムラン……すごく強いんでしょう？バイスターみたいに剣を使うの？」
サンディは首を横に振った。
「いや、彼は魔法使いだ。召喚術を使う。高い地位に就いている者の多くは特殊な魔法を持っているが、サムランの召喚術は桁違いだ。たった一人で軍隊の仕事をこなせるほどだからな。訓練所で一度見たことがあるが……あれはまるで悪夢のようだった。」
エリーサは目を輝かせ、興奮気味に言った。
「面白そうな魔法ね！」
サンディは少し顔を曇らせ、低い声で呟いた。
「……面白いかどうかはともかく、あいつに関わらない方がいい。最近は何が起こるかわからないから、気をつけろ。」
エリーサは不満げに頬を膨らませたが、サンディは何事もなかったかのように足を進めた。
「さあ、もう少し街を歩こう。」
彼の何気ない言葉に、エリザは追いつこうと小走りで後を追った。
——
同じ頃、別の路地裏。
夜の闇が小道を包み込み、街灯の明かりがちらちらと揺れていた。
フィードは壁にもたれ、荒い息をついていた。額に汗がにじみ、心臓はまだ速く鼓動している。
「……まったく、驚かせやがって……」
震える声でそう呟く彼の目の前には、闇の中から静かに歩み寄る人影があった。
その人影が一歩踏み出すごとに、街灯の光が影をなぞり、その正体を浮かび上がらせる。
ニックス——
彼の瞳は冷たい月光に照らされ、琥珀のように輝いていた。
「この時間、どこに行ってたんだよ……？」
フィードの問いかけに、ニクスは微笑を浮かべながら静かに答えた。
「……さあ、君はどう思う？」
その穏やかな声は夜風に溶けて、答えのないまま闇に消えた。
