第41話 05《夜の下に輝く紫光》
フィードの問いかけを聞いた若い店員は、わずかに眉をひそめ、何かを思い出そうとするように顎に手を当てた。目線を天井へとさまよわせ、少し考え込んだ後、申し訳なさそうに口を開く。
「すみません……私の記憶には、そのような方はいませんね。」
しかし、言葉を終える前にふと思い出したようで、続けて言った。
「でも、お名前を教えていただけますか? 昨夜は仕事の関係で、店を一晩中開けていました。私は明け方の4時ごろに来ましたが、それまで店を見ていたのは祖父です。」
彼は少し間を置き、真剣な眼差しでフィードを見つめる。
「もしあなたのおっしゃる方が来店されていたのなら、祖父が覚えているかもしれません。」
フィードの胸に、かすかな希望の光が灯る。
「彼の名前は……ニックスだ。」
そう答えると、若い店員の表情が一瞬変わった。彼はすぐにノートを取り出し、何ページかをめくると、ある箇所で手を止め、指で軽くトントンと叩いた。そして、顔を上げてフィードに向き直る。
「……ああ、この方ですね。確かに昨日の深夜1時ごろに来店されています。」
「本当か?!」フィードは思わず身を乗り出した。「彼はここで何をしていた?」
「ネックレスを注文されました。」
店員はノートを閉じ、微笑を浮かべながら続ける。
「昨夜の残業は、そのネックレスを完成させるためだったんです。祖父は頑固なところがあって、『お客様の注文はその日のうちに仕上げるべき』というのが店の信条でして。」
そう言いながら、彼はカウンターの奥から小さな木箱を取り出し、そっと蓋を開いた。
そこには、繊細な細工が施された美しいネックレスが収められていた。
銀色のチェーンが柔らかく光を反射し、吊り下げられたペンダントには深い紫色の宝石がはめ込まれている。仄暗い店内の照明を受けて、その宝石はまるで夜空の星のように静かに輝いていた。
「もうほとんど完成しています。」店員はフィードの顔をじっと見つめ、「あなたはあの方のご友人ですか?」と尋ねた。
フィードは力強く頷き、真剣な表情で答えた。
「そうだ。俺は彼の仲間だ。俺たちは一緒に旅をしている冒険者なんだ。」
そう言うと、懐から冒険者の証明書を取り出し、店員に差し出した。
彼が証明書を確認し、納得した様子でネックレスを手渡すと、続けて一枚の紙を差し出した。
「このネックレスは、もともとこの住所に届ける予定でした。そこへ行けば、もしかしたら彼に会えるかもしれません。」
フィードは慎重にネックレスと紙を受け取り、深々と一礼した。
「助かった、ありがとう。」
そう言って店を後にし、足早にその住所へと向かった。
──ニックス、一体なぜネックレスなんて注文したんだ?
──誰かに贈るためか?
歩きながら、フィードは手の中のネックレスをじっと見つめる。
指先で紫の宝石をそっと撫でると、なぜか胸の奥にかすかな違和感が広がった。
「……このネックレス、どこかで見たことがある気がする。」
だが、いくら考えても記憶の中に明確な答えは浮かばない。
それに……店員の話によれば、昨夜1時の時点でニックスはまだ店にいた。
つまり、その時点ではまだ彼は襲われていなかった ということになる。
「まさか……」フィードは眉をひそめ、不安げに呟く。
「単なる迷子だったりしないよな? それなら俺の心配は完全に無駄だったってことになるじゃないか……」
軽くため息をつき、フィードは歩調を速めた。
ニックス、お前はこの近くにいるのか? そろそろ戻ろうぜ。みんな心配してるんだ。
そう呼びかけるように呟いた、その時だった。
背後から、微かに足音が聞こえた。
フィードの心臓が跳ね上がる。
まさか……!
彼は勢いよく振り返った。
「──やっと見つけたぞ、ニックス!」
しかし。
振り返った瞬間、
「カチャン。」
彼の手の中から、ネックレスが滑り落ちた。
石畳の地面にぶつかり、金属と石の乾いた音が響く。
──そして、静寂が訪れた。




