第41話 03 夢醒めの不安
「——!」
フィードは突然、目を見開いた。心臓が激しく鼓動し、息が乱れる。昨夜の恐怖がまだ体に染みついているかのようだった。ぼんやりとした意識が次第に現実へと戻っていく中、窓の隙間から差し込む朝の光が部屋を照らし、夜の残り香を静かに拭い去っていく。
しかし、完全に目覚める前に、聞き慣れた声が唐突に響いた。
「フィード、もう日が高いぞ! いつまで寝てるんだ?」
やや呆れたような調子の声に、フィードは反射的に顔を向けた。すると、目の前には――
「うわっ!」
思わず驚いて手を振り上げた瞬間、拳が相手の顔面を直撃してしまった。
「いってぇ! 俺、そんなに怖いかよ?!」
ナイトは鼻を押さえながら、傷ついたような表情でフィードを睨んだ。
「ご、ごめん! 急に目の前にいたから、びっくりして……!」
フィードは慌てて謝り、胸を押さえながら深呼吸をした。心を落ち着けたところで、ふとある疑問が頭をよぎる。
「……ニクスは? 近くにいるか?」
声には、焦りが滲んでいた。
昨夜の出来事が夢だったのか、それとも現実だったのかを確かめる必要があった。
「ニクス? いないよ。どっか行っちまったみたいだ。」
ナイトは肩をすくめ、特に気にする様子もない。
――やっぱり、夢と同じだ。
フィードの胸に、じわりと得体の知れない違和感が広がる。以前、彼は「無限ループ」に囚われた経験があった。現実と幻が絡み合い、抜け出せない悪夢のような時間。あの時の感覚が、今、ゆっくりと蘇り始めていた。
「……ナイト。」
フィードは深く息を吸い込み、できるだけ冷静さを保とうとした。しかし、声にはどうしても不安が滲んでしまう。
「俺、昨日の夜……夢を見ていたのか、それとも何か異変が起こっていたのか、分からないんだ……。」
彼は、昨夜の出来事を一つ残らずナイトに語った。あの異様な感触、人気のない部屋、そして最後に背後に立っていた「何か」の存在――すべてを。
ナイトは黙って話を聞いていたが、次第に表情から冗談めいた色が消え、思案するように眉を寄せた。
「……そうか。」
しばらく沈黙した後、ナイトは小さく頷いた。
「確かに妙だな。でも……今のところ、それが夢だったのか現実だったのか、はっきりした証拠はない。」
そう言うと、ナイトは軽くフィードの肩を叩き、柔らかい笑みを浮かべた。
「まあ、気になるなら俺も警戒するよ。他の連中にも注意するよう伝えておく。周囲を観察して、怪しい点がないか探ってみよう。」
フィードはしばし考え込み、やがてしっかりと頷いた。
「……俺はニクスを探してくる。」
彼の瞳には、不安と警戒の色が宿っていた。
「前回も、ニクスのおかげで勝利を掴めた……。でも今回は、また彼が突然姿を消した。どうしても嫌な予感がするんだ。」
胸の奥に渦巻く、拭いきれない不安。それを無視することはできなかった。
ナイトと別れたフィードは、すぐさま行動を開始した。そして、途中でシアと出会い、昨夜の奇妙な出来事を彼にも伝えた。
シアは話を聞き終えた後、眉をひそめ、顎に手を当てながら考え込んだ。
「……確かに、妙な話だな。」
しばらく沈黙した後、彼はゆっくりと視線を上げた。
「よし、俺も周囲を警戒してみる。情報を集めて、何か手がかりがないか探ってみよう。」
そう言いながら、シアはフィードの肩を軽く叩き、真剣な表情を浮かべた。
「もしまた誰かが消えたら、それは間違いなく俺たちを狙う何者かがいるってことだ。」
そう言うと、彼の口元に僅かな笑みが浮かんだ。
「――もしヤバい状況になったら、迷わず巨大ウサギになって暴れてやるさ。」
その瞬間、空気が一瞬止まったように感じられた。
フィードは言葉を失い、思わずシアを見つめる。真剣な表情で宣言する彼を前に、脳裏には巨大なウサギが暴れ回る光景が浮かび――
「……うん。」
フィードは、何とも言えない表情を浮かべながら頷いた。
昨夜の出来事が、ただの夢だったのか、それとも現実に起こった何かだったのか。
その答えはまだ分からない。
だが、朝日が昇った今でも、心の奥底に宿る不安は、決して消え去ることはなかった。




