第41話 02 闇夜の悪夢
夜の異変
「……よし、そろそろ戻ろうか。」
ニックスは目を細めながら静寂に包まれた庭を見渡し、沈着な声でそう告げた。
「今回の王都会議に参加したのは正解だった。ひとつ、良い案が浮かんだよ……」
そう言いかけたところで、彼はふっと軽く首を振り、静かに息をつく。
「……でも、今はこの話はやめておこう。帰ってからでいい。」
夜風がそっと吹き抜け、星は頷いた。そして二人は宿へと向かおうとした——その瞬間。
ニックスの身体がぴくりと硬直した。
「……夜?」
星は不思議そうに彼を見上げた。
しかし、彼女の問いに答えることなく、ニックスは鋭い眼差しで周囲を見渡す。そして、次の瞬間、彼は素早く星を自分の背後へと引き寄せ、護るように構えた。
「どうしたの?」
星の声には戸惑いが滲んでいたが、ニックスはそれすら聞こえないかのように、神経を研ぎ澄ませる。
「……誰かいる。」
低く警戒心に満ちた声。
鋭い刃のような視線が、夜の闇へと突き刺さる。
「……一人? いや、二人か。」
彼はゆっくりと剣の柄に手をかける。そして次の瞬間——銀色の刃が月光を受け、ひやりとした輝きを放ちながら鞘から滑り出る。同時に、紫色の魔力が彼の身体を包み込んだ。
「——誰だ! 出てこい!」
ニックスの鋭い声が夜の静寂を切り裂いた。
その直後——
闇が裂けるように、一つの影が疾風のごとく飛び出してきた!
ニクスは瞬時に剣を構え、防御の態勢を取る。金属のぶつかるかすかな音が、夏の夜の蝉の鳴き声にかき消されるように響いた。
月は依然として空に輝いていた。
——どれほどの時間が経っただろうか。
◆
「……ん?」
突如、薄暗い部屋の中で、一人の男が目を覚ました。
——フィードだった。
彼はまばたきを繰り返しながら、ぼんやりと身を起こす。そして、次第に意識がはっきりしてくると、何か違和感を覚えた。
「……ニックス? 星?」
室内を見渡したが、彼らの姿はどこにもない。
「……いつの間に?」
眉をひそめながら窓の外を見やる。
「どれくらい寝てたんだ……?」
喉の渇きを覚え、フィードは手探りでテーブルの上に置かれた水を取ると、一気に飲み干した。
「……少し外の空気でも吸ってくるか。ついでにあいつらも探してみよう。」
彼は水の入ったグラスを戻し、扉を押し開けた。
王都の夜は、美しく静かだった。
庭を歩きながら、フィードは夜空を見上げる。
「……いい景色だな。」
思わず呟き、ふっと微笑む。
「エリザがこの世界でもカメラを持ってきてたらいいのに……明日、聞いてみようか。」
冗談めかした独り言をこぼしつつ、彼はゆっくりと歩みを進めた。
——その時だった。
突然、冷たい指先が、そっと彼の鎖骨に触れた。
「……っ!」
フィードの笑みが、一瞬にして凍りつく。
背筋を駆け抜ける悪寒。心臓が一気に跳ね上がる。
瞬時に身を翻し、一歩前へと飛び退る。そして素早く背後を振り返った。
——だが、そこには誰もいない。
不穏な空気が張り詰める。
「……誰だ?」
フィードは鋭い声で問いかける。しかし、応える者はいない。ただ、夜風が木々を揺らす音だけが響いていた。
——気のせい……じゃない。
そう思った瞬間——
再び、同じ感触が襲う。
今度は、肩をなぞるような指の動き——
まるで悪戯をするかのように、ゆっくりと、確かに。
「……チッ!」
フィードの目が鋭く光る。
迷いなく拳を振るい、後方へと鋭い一撃を放つ——
だが、何もない。
拳が空を切る感覚。まるで、影を殴るような虚無感がそこにあった。
「……っ!」
フィードはすぐさま踵を返し、駆け出した。
「まずは、他のやつらを——!」
一目散に部屋へと戻り、扉を開ける。
——しかし、そこにも誰もいなかった。
「……っ。」
背筋を冷たいものが這い上がる。
——何かがおかしい。
部屋の中は、異様なまでに静かだった。
まるで、世界にたった一人取り残されたかのような感覚——
その時——
「……っ。」
背後から、微かな息遣いが聞こえた。
フィードの心臓が跳ね上がる。
——すぐ後ろに、誰かがいる。
冷たい汗が額を伝う。
振り返らなければならない——だが、振り返るべきではない——
そんな相反する衝動が彼を襲う。
次の瞬間、彼は決断し、一気に振り向いた——
——そして、闇が全てを覆い尽くした。




