第40話 最終章 暖かい時間
ナイトは相変わらず興奮気味にゲームのルールを説明し続けていた。
その声には隠しきれないほどの熱意が込められており、瞳はまるで星のように輝いている。
身振り手振りも大きく、まるでこのゲームが世界で最も重要なものかのようだった。
隣でザックが呆れたようにため息をつき、畳に寄りかかりながらナイトをちらりと見やる。
そして小声でエリーサに話しかけた。
「なあ……今日のナイト、ちょっとテンション高すぎないか?」
エイトはその言葉に軽く反応したものの、手元の漫画から目を離さずに淡々と答えた。
「別に、あいついつもこんな感じだろ。俺が見た限り、特に変わった様子はない。」
ザックは眉をひそめ、少し意地悪そうな笑みを浮かべる。
「……お前が観察? ははっ、何言ってんだ。ずっと漫画に夢中だったくせに。」
「……チッ、バレたか。」
エイトは軽く舌打ちしながら、漫画のページをめくる手を止めずに肩をすくめた。
「まあ、問題ないだろ。」
ザックは適当な返事に肩をすくめつつも、ふとナイトの手元に目を向ける。
すると、彼の顔に一瞬だけ妙な表情が浮かんだ。
「……おい、待てよ。まさか……あいつ、俺のグラスの中身を飲んだりしてないよな?」
ザックは眉をひそめ、若干警戒した声色になる。
「あの酒、どこで手に入れたのかもわからない代物だったよな……? まさか、またどっかの怪しい酔っ払いからもらったやつじゃないだろうな……? ほんと、アイツってやつは……! 何でも飲めばいいってもんじゃないだろ!」
そう言いながらも、ザックの唇の端には、どこか楽しげな笑みが浮かんでいた。
彼は壁に寄りかかると、ゆっくりと目を閉じる。
「よし、それじゃあ、乾杯しよう!」
ナイトは満面の笑みを浮かべながら、嬉しそうに声を上げた。
「こうしてみんなに出会えたこと、本当に幸運だったよ。最高に楽しい時間を過ごせた。この素晴らしい時間に、そしてもっと素敵な明日に——乾杯!」
全員がグラスを掲げ、高らかにぶつけ合う。
カラン、と澄んだ音が響いたその瞬間——きっと、誰の心にも深く刻まれ、決して忘れられない思い出となるだろう。
---
夜が更けるにつれ、部屋の中には静かな眠気が満ちていった。
皆が無邪気な子供のように疲れ果て、それぞれの場所で夢の世界へと落ちていく。
エイトは開いたままの漫画の上に伏せ、指はまだページの端をかすかに押さえたまま。
フィードはまるで力尽きたかのように、大の字になって畳の上に転がり、寝言を呟いている。
シャアは柔らかい枕に寄りかかり、静かに目を閉じていた。
ナイトは半身をテーブルの上に投げ出し、今にも滑り落ちそうな不安定な姿勢で眠っている。
一方、ザックは壁にもたれかかり、無防備な寝顔を浮かべながら静かに呼吸をしていた。
エリーサは依然としてサンディの膝枕に身を委ねており、まるで安心しきった子猫のようだった。
サンディもまた、エイトの柔らかな髪にそっと頬を寄せるようにして、安らかな眠りについていた。
部屋は、夜の静けさと微かな温もりに包まれている。
穏やかな寝息だけが、静寂の中で心地よく響いていた。
しかし、その中でただ一人だけ、まだ目を覚ましている者がいた。
ニックスは静かに座り、窓の外を見つめていた。
夜風がそっと吹き抜け、庭の木々を揺らす音が微かに聞こえる。
その心地よい静寂の中、彼の背後から、優しく響く声がした。
「……ニックス、まだ寝てないの?」
振り向くと、そこにはシンが立っていた。
月光が彼女の輪郭をなぞるように降り注ぎ、儚げな光の衣を纏わせている。
ニックスは薄く微笑み、穏やかな声で答えた。
「うん。今日、運が良くて一回もゲームに負けなかったんだ。だから、まだ意外と冴えてる。
でも……もうちょっと頭を冷やしたくてね。ちょっと庭を歩いてこようかと思ってたところだよ。
星はもう寝るのか?」
星はそっと首を横に振り、落ち着いた声で答えた。
「ううん……ニックスに話したいことがあるの。」
ニックスはその言葉に、一瞬だけ驚いたような表情を浮かべる。
そして、小さく頷いた。
「……わかった。じゃあ、庭で話そうか。」
---
二人は静かに部屋を出ると、夜の澄んだ空気が頬を撫でた。
星々が深い夜空に輝き、二人の影を淡く映し出している。
庭の長椅子に並んで腰を下ろすと、周囲には夜風のそよぐ音だけが響いていた。
ニクスは隣に座るシンを見つめ、少し戸惑いながら口を開く。
「それで……話したいことって?」
星は少しの間、言葉を選ぶように黙り込んだ。
そして、やがて意を決したように、ゆっくりと口を開く。
「……いろいろ考えたんだけど、やっぱりニクスには、私の過去を知ってほしいの。」
彼女は夜空を見上げ、微かに目を伏せる。
「そうしないと、本当の意味で私のことを理解できないと思うから。
それに……今のニックスは、私の“兄”になったわけでしょう? だから、信じてもいいかなって思ったの。」
ニックスの表情がわずかに引き締まり、胸の奥に不安の影がよぎる。
「……君の過去?」
シンはゆっくりと頷き、そして、どこか遠い声で囁いた。
「……‘M計画’って、知ってる?」
その瞬間、夜の風がふっと止まったような錯覚を覚えた。
ニクスの瞳が僅かに揺れる。
彼はゆっくりと首を横に振った。
しかし——彼はまだ知らなかった。
この瞬間の会話が、彼の世界を根底から覆し、未来の運命すら変えてしまうことを——。




