第40話 16 伝説
ニックスは星を連れ、仲間たちと合流地点へ向かった。
夜の静寂の中、微かな風がそっと吹き抜け、満天の星々が天幕に散りばめられた宝石のように輝いている。やがて、他の仲間たちも次々と集まり、隊は徐々に揃っていった。
エリーサはどこか疲れた様子で、そっとサンディの肩にもたれかかっていた。まぶたを閉じ、頬にはほのかな紅が差しており、静かで穏やかな雰囲気を漂わせている。
その光景を目にしたザックは、一瞬眉をひそめ、疑念の色を瞳に宿しながら、少し慌てたように口を開いた。
「おい、お前……まさかエリーサを酔わせて、何か妙なことを企んでるんじゃないだろうな?」
サンディはその言葉に大げさに目を見開き、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべると、少しおどけた調子で言った。
「ちょっと、見てよこの私。そんな悪いことをするような人間に見える?私はね、優しくて魅力的なお姉さんなのよ? エリーサにそんなことをするはずがないじゃない。彼女は私にとって、とっても可愛い妹なんだから!」
しかし、ザックは依然として疑わしげな表情を崩さず、腕を組んで警戒心を露わにした。
「だからこそ余計に怪しいんだよ。妹みたいに思ってるからって、何か妙なことをしてないとは限らない!それに、俺は見たぞ……さっき、カフェの前を通ったとき、お前が寝てるエリーサに——」
言いかけた瞬間、サンディが素早く動き、ザックの口を手で塞いだ。
「シーッ!それ以上言わないで!」
サンディはニヤリと笑いながら、悪戯っぽく顔を近づける。
そんな二人のやりとりを見ていたフィードが、明るい声で手を振りながら言った。
「はいはい、そこまで!さぁ、みんなで温泉に行こう!」
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温泉は静かに山々の間に佇み、淡い霧が漂い、幻想的な光景を作り出していた。
湯気がふんわりと立ち昇り、夜風が頬を撫でるたびに、心地よい涼しさが肌を伝う。ここは混浴ではなく、男女がそれぞれ分かれて入るようになっていた。
ニックスは他の男性陣と共に男湯へと足を踏み入れた。湯の温度はちょうどよく、身体を包み込むような心地よい温もりが、じわじわと全身に広がっていく。
「はぁ……なんて気持ちいいんだ……」
ニックスは思わず息を吐き、肩の力を抜いて温泉に身を沈めた。じんわりと疲れが癒されていく感覚に、思わず目を細める。
しかし、ふと目を開けたとき、彼の視線は温泉の水の異様な色に吸い寄せられた。
「……ん? なんだこれ? この温泉……水が紫色してる……しかも、水面に青い波紋が広がってる……」
ニックスは手を伸ばし、そっと湯をすくい上げた。水面を揺らすたびに、紫と青の光が淡く揺れ動き、まるで夜空の星雲がゆらめいているような幻想的な美しさを放っていた。
その様子を見ていたシャーは、岩に寄りかかりながらゆっくりと目を開け、穏やかな笑みを浮かべた。
「それはね……ある伝説が関係しているらしいよ。」
「伝説?」
ニックスが顔を上げると、シャーはどこか遠くを見るような目をしながら、静かに語り始めた。
「昔、この地には、とてつもなく強大な英雄と、それに匹敵するほどの魔王がいた。二人は壮絶な戦いを繰り広げ、その激しい魔力のぶつかり合いがこの水域に溶け込んだんだ。
その結果、ここは普通の水ではなくなり、湯の色は彼らの魔力を映すかのように紫と青へと変化した……というわけさ。」
ニックスは再び水面に視線を落とした。
紫と青が入り混じる湯は、まるで時空の狭間に浮かぶ銀河のように、神秘的な輝きを湛えていた。




