第40話 15 夜の中を歩く
ニックスはそっと顔を上げ、星々が瞬く夜空を見つめた。無限に広がる天穹の下、彼の瞳は静かに揺れ動き、そこには思索と確かな決意が宿っていた。低く穏やかな声が、まるで夜の囁きのように静寂を破る。
「もしかしたら……俺も、自分の存在意義を探しているのかもしれないな。」
彼は一瞬言葉を切り、ふっと口元に柔らかな微笑を浮かべた。その瞳には夜の光が映り込み、まるで星空の一部となったかのように輝いている。そして、静かに続けた。
「でも、少なくとも今の俺には、一つの意味が見つかったよ。」
その声はまるで夜風のように優しく、少女の心をそっと撫でるようだった。
「それは――お前が自分の存在意義を見つける手助けをすることだ。」
彼の視線は星に向けられた。深く、そして温かい。夜空に浮かぶ星のように、どこまでも静かに輝いている。
「だから、お前が見つけるまで……俺は絶対にお前を置いていかない。」
その言葉には一切の迷いがなかった。まるで夜そのもののように、深く、揺るぎない誓いがそこにあった。
星は息をのんだ。長い睫毛が微かに震え、瞳が揺らぐ。胸の奥に何かが触れたような感覚が広がり、鼻の奥がツンとした。言葉を紡ごうとしたが、喉が詰まり、最後に出てきたのはかすれた声だった。
「……ありがとう。本当に……ありがとう……」
涙が静かに零れ落ちる。光を帯びたその雫は、まるで砕けた星の欠片のように、指先を伝って夜闇へと溶けていった。
ニックスは何も言わず、ただ優しく彼女の髪を撫でた。その手つきは限りなく穏やかで、まるで夜風がそっと頬を撫でるようだった。
星はそっと顔を上げ、涙に滲んだ瞳でニックスを見つめた。そして袖口でそっと目元を拭う。しかし、まだ乾ききらない涙の雫が、夜空の星々を映し込んでいた。
微かに揺らめく光の粒が、彼女の瞳の中で瞬く。
その一瞬、彼女の瞳には無限の星々が宿っていた。
彼女はゆっくりと瞬きをし、微笑んだ。その笑顔は澄み渡る夜空のように清らかで、まるで星の光が頬に宿ったかのようだった。
「……夜は、私にとって、とても大切な人なんだ。」
声に宿るのは、どこか温かく、柔らかな感情。それは、これまで彼女が抱え続けてきた想いの結晶だった。
「私は……ずっと、家族ってどんなものなのか、分からなかった。」
ぽつり、ぽつりと紡がれる言葉。彼女はふっと指先を握りしめ、確かめるように呟いた。
「家族がいなかったから、その意味も知らなかった。」
彼女は再びニックスを見つめる。その瞳には、夜の温もりが映り込んでいた。
「でも……今なら分かる。夜は……お兄ちゃんみたいな存在だって。」
彼女の笑顔は、どこまでも純粋で、そして温かかった。それはまるで夜空に輝く星の光のように、暗闇を照らす優しさを持っていた。
ニックスは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。その目には、優しさと安らぎが滲んでいる。
「……そうか。星は、俺にとっても妹みたいな存在だよ。」
彼はふっと夜空を仰ぎ、星々が瞬くのを静かに見つめた。
「……いいな。俺、兄弟がいなかったんだ。」
再び彼女へと向き直り、真っ直ぐに目を見つめる。
「だからもし、一緒に俺の世界に帰れたら――そのまま俺の妹でいてくれ。」
そう言って、ニックスは微笑んだ。その手がそっと彼女の髪を撫でる。
「初めての兄貴役だけど……俺は、絶対にお前を大事にするよ。」
彼の声はどこまでも真っ直ぐで、誓いのように静かに響いた。
星の瞳が大きく揺らぐ。
そして次の瞬間、彼女は勢いよくニクスの胸に飛び込んだ。
ニックスは少し驚いたようだったが、すぐに柔らかく笑い、そっと彼女を抱きしめた。
「……うん。」
彼女の髪を、夜風がそっと撫でていく。
遠くで、庭の小川が静かに囁くように流れていた。
風が梢を揺らし、木々の囁きが夜に溶けていく。木の床には仄かに温かな香りが残り、夜の静寂を優しく包み込んでいた。
この夜の下、ひとりの少年とひとりの少女が、未来の意味を探し続けていた。
夜の闇を歩きながら、共に未来へと続く道を進んでいく。
星の光が降り注ぎ、夜の静寂が優しく彼らを包み込む。
誓いと絆を乗せたこの夜は、彼らの歩みを静かに見守っていた。




