第40話 06 適切な取引
低く、しかし強い意志を帯びた声が響く。
ボーディは一瞬、驚きの表情を浮かべたが、次の瞬間、獠牙の眼差しが鋭く光った。
「逃げろ!できるだけ遠くへ!ここは——俺に任せろ!」
その言葉が終わるや否や、獠牙は左手を高く掲げた。
瞬間——漆黒に近い深紫の毒霧が、荒れ狂う魔物のように噴き出す!
濃密な毒の靄は意思を持つかのごとく蠢き、無数の触手となってボーディの四肢に絡みつく!
「おい!何を——」
ボーディの叫びが最後まで響くことはなかった。
次の瞬間——
轟ッ——!!
毒霧の奔流が、ボーディを容赦なく空へと弾き飛ばした!
彼の身体は、夜空を裂く流星のごとく遠方へと放り出され、猛烈な衝撃波が周囲の空気を震わせる!
獠牙は、その姿が戦場の果てに消え去るのを確認すると、深く息を吸った。
——しかし、彼が振り返ったその刹那。
鋭く冷たい金属の感触が、突如として首筋に押し当てられた。
獠牙の瞳がわずかに収縮する。
夜闇の中、華麗な紋様を刻まれた巨大な剣が、静かに喉元へと突きつけられていた。
刃には冷たい光が宿り、流れるオーロラのような煌めきが、不気味な威圧感を放っている。
剣を持つ男は、山のように屈強な体躯を誇り、鎧に映る夜の闇が鋼の冷たさを際立たせる。その立ち姿は、まるで全てを呑み込む黒潮のごとき威圧感を漂わせていた。
低く、威厳に満ちた声が告げる。
「三秒やる。」
「お前の仲間に、あの石を持ち帰らせろ。」
——空気が凍りついた。
獠牙の指先がわずかに震えた。
この剣の刃があと一寸でも動けば、彼の喉は躊躇なく裂かれるだろう。しかし、そんな極限の状況にもかかわらず、獠牙の唇はゆるやかに歪み、意味深な笑みを浮かべた。
「……まさか、こんなところで。」
嗄れた声には、苦笑と嘲笑が入り混じる。
「“軍団の将軍”——バイスターと出会うことになるとはな。」
彼の視線がわずかに動き、遠くに静かに立つ影を捉える。
「そして、世界で唯一の“氷の魔法使い”……」
この二人が、ここに揃うとは……
獠牙の瞳に一瞬、暗い色が宿る。
しかし、彼は深く息を吐き、先ほどよりもさらに濃い笑みを浮かべた。
「だが……」
わずかな間を置き、落ち着いた声で静かに続ける。
「十秒くれないか? 状況を説明させてほしい。」
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「俺の仲間はすでに石を持って逃げた。」牙は冷笑しながら言った。「俺の毒の感覚で、お前たちの包囲はわかる。でも、仲間はすでに俺が遠くへ飛ばしておいた。もうお前たちには、やつがどこにいるのか永遠にわからない。もしかすると、もう依頼人に石を渡しているかもしれないな。」
「ならば、今ここでお前を始末する。」バイスタは冷ややかに言い、剣の柄を握りしめ、振りかざそうとした。
「将軍、待ちなさい。」老人は手を軽く上げ、バイストを制した。「彼はまだ何か言いたいことがあるはずだ。言え、お前の条件は何だ?」
「俺たち三人を解放しろ。」牙はためらうことなく答えた。
「それは不可能だ。」老人は淡々と言い放つ。「だが、別の選択肢はある――牢獄で長く過ごす必要はないし、ある程度快適な環境を保証することもできる。それが私の最大限の譲歩だ。」
「お前が嘘をついていないと、どうやって信じろと言うんだ?」獠牙は目を細め、鋭い口調で問い詰める。
「手紙を書こう。それがあれば、私の言葉が実行される保証になる。」老人は静かに言った。「信じるかどうかはお前の自由だが……まあ、お前に選択肢はないだろう?」
牙はしばし沈黙し、目を細めたまま思案するような表情を見せた。
「……いいだろう。」ついに口を開く。「その手紙、まず見せてもらおうか。」




