第40話 02 勝者は……ザック
ザックは小さく息をつき、肩をすくめる。そして、低く呟いた。
「だから俺は、頭の悪い奴とは戦いたくないんだ。」
その瞬間、彼の目が鋭く光った。
「石柱だよ、バカめ。」
ボーディの笑顔が一瞬にして凍りついた。
ザックは冷徹な眼差しで続ける。
「お前の“強酸”が飛び散り、この洞窟のあちこちの石柱を腐食させた。そして俺は、強化された嗅覚を使い、腐食された柱の位置を正確に把握していたんだ。」
ゆっくりと手を持ち上げ、指を曲げる。その仕草は、まるでこの空間そのものを掌握しているかのようだった。
「つまり、こういうことさ。」
パチンッ!
ザックの指が軽やかに鳴った。その音が洞窟全体に響き渡る。
次の瞬間――大地が激しく揺れた!
洞窟全体がまるで意志を持ったかのように唸りを上げ、天井が軋む。鋭い岩の破片が次々と崩れ落ち、地面に衝突するたびに爆音が轟いた。
四方の石柱が一気に縮小し始める。それはほんのわずかな変化だったが、それだけで洞窟のバランスは決定的に崩壊した。
「なっ……!?」
ボーディの目が見開かれる。ついに、彼も気づいた。
「お前の強酸が、石柱を蝕んでいた。その結果、この洞窟の“支え”はもうない。」
ザックの言葉は、まるで死刑宣告のように冷たく響いた。
そして――
ドオォォォォォン!!
轟音とともに、全ての石柱が一斉に砕け散った!
巨大な山体は、もはや自らを支えることができない。バランスを失った洞窟は、まるで崩れ落ちる巨獣のように、破滅の咆哮を上げながら真っ逆さまに崩壊していった――!
崩落の瞬間、生死の境
洞窟が轟音を立て、激しく揺れ動く。岩壁が軋み、無数の岩石が豪雨のように降り注ぐ。舞い上がった粉塵が視界を覆い、大地そのものが悲鳴を上げているかのようだった。
ボーディは歯を食いしばり、両腕に力を込めた。鋼のように鍛え上げられた筋肉が膨れ上がり、全身の力を振り絞って、崩れ落ちようとする巨大な岩を必死に支えた。彼の腕が、今まさに山全体の重みを受け止めていたのだ。
しかし――それほどの怪物じみた肉体を持つ彼ですら、すでに限界だった。全身が悲鳴を上げ、呼吸は荒く、骨が軋む音が響く。汗が埃と混ざり、額を伝って流れ落ちる。
そのとき――
彼の視界の端に、かすかな光が差し込んだ。
背後から、微かに漏れ出る光――
出口……!?
ボーディの目が見開かれる。彼は本能的に光の方向を探った。そして、そこには――
ザックが立っていた。
彼の足元では、一つの岩が縮小していく。縮小した岩の隙間から、細い脱出口が生まれようとしていた。
「クソッ……!」
ボーディは低く唸り、猛獣のような怒声をあげる。焦燥と怒りが入り混じる中、彼は最後の手段に出た。
彼の意識が強酸を操る。
地面に広がっていた腐食液が、獰猛な獣のようにうねりを上げ、一瞬のうちにザックへと殺到する!
高温の酸が空気を裂き、すべてを焼き尽くす悪意となって、一直線に彼の眼球へと襲いかかる――
だが――
「……ッ!!」
――パンッ!
銃声が洞窟に響き渡る。
ザックは迷いなく引き金を引いた。
閃光弾が弾丸のように飛び出し、闇を裂く。次の瞬間――
閃光が洞窟全体を照らした!
眩い光が炸裂し、まるで太陽が生まれたかのように洞窟を燃やす。光の波が広がる中、閃光弾は火花を散らしながら飛翔していた。
その弾丸は、まるで今にも破裂しそうな花火のようだった。
そして――
この一瞬、ボーディとザックは、初めてこの戦場の全貌を目にすることとなった。
無数の石柱が折れ、地面は強酸でボロボロに溶け落ち、洞窟の天井は今にも崩れ落ちそうに揺れていた。
「こんな小細工が、俺に通じると思うか!!」
ボーディは咆哮する。瞳には怒りと軽蔑の炎が揺れていた。
だが――
「ッ!!」
――ズドンッ!!
閃光弾が、ボーディの右肘に直撃した。
一発では、彼に致命的な傷を負わせることはできない。だが――
その一瞬の衝撃が、すべてを変えた。
右腕に走る衝撃。筋肉が一瞬だけ弛緩する。
その刹那――
ボーディの全身がわずかに揺らぐ。
その結果――
「……ッ!!?」
バランスを崩した彼の腕が、わずかに緩んだ。
その瞬間、支えを失った巨岩が――
――崩れた!!
ドオオオォォォン!!!
巨大な岩の塊が次々と落下し、ボーディの体を飲み込む。彼の巨体は瓦礫に埋もれ、姿が見えなくなった。
そして、ボーディが操っていた強酸の奔流。
ほんのわずか――
指先一つ分の距離で、ザックの眼前まで迫っていたそれは――
無力に地面へと零れ落ちた。
「……終わりだ。」
ザックは光の中に立ち、静かに信号銃を下ろす。
唇の端が、わずかに持ち上がる。
「言っただろう?」
轟音と共に、彼の声が洞窟に響く。
冷徹な勝者の声で。
「信号銃は……お前を倒す“要素”に過ぎない。“結果”ではない。」




