第6話14地獄の猟犬
ニックスの脳裏に、一つの策が閃いた。
「すべての魔力を、一撃に込める……だが、それには時間が足りない。あいつは、数秒あれば俺を殺せる……!」
冷たい汗が背中を流れる。考えろ、考えろ。今すぐにでも倒れそうな身体を奮い立たせ、唯一思い浮かんだ答え――それは「逃げる」ことだった。
(逃げる時間さえ稼げれば……この一撃を完成させられる!)
決意と同時に、ニックスは地を蹴った。
「逃げるつもりか?」
すぐさま背後から響く、冷徹な声。
「そんなチャンスは与えない。」
カニディが猛然と追いかけてくる。風を裂くような音が響き、彼の速度がさらに増していく。
ニックスは荒い息を吐きながら、振り返った――燃え盛る鎧を纏い、鬼のような形相で迫るカニディの姿が、すぐそこにあった。
(まずい……!)
焦燥感が胸を焼き、心臓が喉元で跳ねる。だが、次の瞬間――
ドゴォォォン!!
ニックスの視界の前方で、石造りの家の壁が粉々に砕け散った。
「――ッ!?」
舞い上がる瓦礫と炎の中から、カニディのシルエットが姿を現す。血のように赤く染まる瞳が、獲物を逃さぬ猛禽のごとく鋭く輝いた。
(まさか、先回りされた……!?)
反応する間もなく、カニディの左拳がうなりを上げて突き出される。
ズドンッ!!!
凄まじい衝撃がニックスの腹を直撃し、内臓が圧し潰されるような痛みが全身を駆け巡る。喉から息が漏れるよりも速く、身体は弾丸のように吹き飛ばされ、地面を転がった。
「どうした?」
カニディがゆっくりと歩み寄る。
「魔力がもう尽きたのか?」
その口元には、嘲るような笑みが浮かんでいた。
「まあいい。念のため、これで終わらせてやる。」
そう言うと、カニディは素早く二メートルほど後方へ跳び、低く構えた。
「この技が自分に当たらないようにするためだ。」
彼は左手を高々と掲げ、右手でその腕をしっかりと押さえつける。まるで凶暴な猛獣を解き放つかのように、体内の炎が一点へと収束していく。
「さよなら、地獄の猟犬。」
その言葉と共に、燃え上がる炎が形を成していく。
――それは、巨大な火の犬。
咆哮と共に出現したそれは、全身を揺らめく紅蓮の炎に包まれ、まるで悪魔の軍勢を率いる獣のような威圧感を放っていた。
漆黒の影に包まれた鋭い瞳が、ニックスを捉える。鋭利な爪が空を裂き、灼熱の牙が獲物を喰らわんと輝いた。




