第39話 12 分裂
——この声……!!
サンディは反射的に振り返る。
そこには、悠然と佇む女がいた。
彼女はゆっくりと微笑み、その瞳にサンディの姿を映し込む。まるで獲物を見つめる蛇のように、じっと……じっと……。
「へぇ……」
彼女は軽く首を傾げ、微笑を深めた。
「綺麗な肌ね。うらやましいわぁ……。」
彼女の声はどこか愉悦に満ちている。
「ねぇ、何か特別なスキンケアでもしてるの? それとも……生まれつき?」
その声音は、毒を含んだ甘い蜜のように、耳へと滑り込んでいく。
サンディは瞬時に警戒し、魔法杖を構えた。
——この女……間違いなく、アイツらが言っていた『姐さん』だ……!
彼女の能力は……?
蛇に関係する何か……?
考えろ……考えて対策を——
「……早く……しないと……」
——しないと……何を?
思考の糸が、突然ふっと切れた。
「……あら?」
女は柔らかく笑い、
「そんなに考え込まなくてもいいのに。」
彼女の声はまるで、夜風に溶けるように囁く。
「ねぇ、もっとリラックスして?」
「……?」
「そんなに悩んでたら、ハゲちゃうわよ?」
「……」
サンディの瞳がぼんやりと曇る。
「……俺……何を……?」
彼は呆然と呟き、指の力が徐々に抜けていく。
女の瞳が、愉悦に細められた。
「ふふ……」
「あなたは……何も考えなくていいのよ。」
「……」
「ただ、私の言うことを聞いていればいいの。」
「……」
「ほら、力を抜いて。深呼吸して……空気を感じて……」
「……」
「さぁ……今から私は、あなたの世界のすべて。」
女の指先がそっとサンディの肌をなぞる。繊細な指先は滑るように動き、彼女の美しい鎖骨へとたどり着く。指先にわずかに力を込め、じわりと伝わる体温を感じながら、女はゆっくりと両手を持ち上げ、サンディの顔を包み込むように優しく添えた。指の腹で頬骨をなぞると、その瞳に危険な光が宿り、唇の端がゆるやかに持ち上がる。
「お前の瞳……なかなかいいわね。」 低く甘い声が囁かれる。その声には、まるで飢えた捕食者のような渇望が滲んでいた。女はちらりと舌先で唇を舐め、今にも食らいつかんばかりにサンディを見つめる。
「今すぐにでも喰らいたい……ダメダメ、我慢しなきゃ……また悪い癖が出ちゃった。」 ふっとため息をつくが、その眼差しはなおも獲物を捉えた猛獣のように鋭いままだった。
——遠くから、この様子を冷たく見つめる牙。姉貴がサンディの元へ到達したのを確認すると、彼の唇にはわずかな冷笑が浮かぶ。
「姉貴の力なら、魔法使い一人を始末するのは朝飯前だ……ただ、あまり興奮しすぎないといいんだが。」 獠牙は細めた目を別の方向へ向け、皮肉めいた冷たい声で言った。
「厄介な奴はうまく誘導できた……さあ、お前たち二人はどうする?」
言葉が終わるより早く、獠牙は再び巨大な蛇を操った。その瞬間、蛇の巨体がびくりと震え、次の瞬間、黒々とした猛毒の霧となって弾け飛ぶ!霧は渦を巻き、瞬く間に二匹へと分裂した。分裂した蛇は本来のサイズには及ばぬものの、その代わりに圧倒的な素早さを手に入れていた。冷たい蛇の瞳がエイトとナイトを鋭く捉え、毒々しい赤い舌をチロリと出しながら、恐ろしい牙を覗かせる。
「シューーー!!」
二匹の蛇が同時に飛び出した。それはまるで闇夜を切り裂く漆黒の雷光。狂気と殺意を纏いながら、まっすぐ二人のもとへと襲いかかった!




