第39話 08 幻影の迷宮、腐蝕の大潮!
ボーディの唇が歪み、凶悪な笑みが浮かぶ。
紅く染まった瞳には、燃え盛る殺意が宿っていた。
しかし——
何かがおかしい。
彼の笑みが凍りつき、眉間に深い皺が刻まれる。
先ほどの一撃の感触——
それは柔らかい肉体ではなく、まるで硬質な物体を蹴りつけたような感覚だった。
不吉な予感が背筋を這い上がる。
ボーディは素早く目を閉じ、揺れ動く感情を無理やり抑え込み、魔力探知を発動させた。
——やはりだ。
周囲には、確かにザックの魔力の波動が広がっていた。
だが、異様だったのは——
その魔力が、複数の方向から感じ取れること。
まるで無数のザックがこの空間に同時に存在しているかのように……!
「ありえない……!」
ボーディは低く唸り、目を鋭く光らせた。
彼の魔力探知は、普通の魔法探知とは異なる。
一般的な探知魔法は広範囲の魔力を漠然と察知するだけだが、彼の探知能力は半径50メートル以内であれば、正確な位置を特定できるという精度を誇る。
「俺の探知が誤るはずがない……!」
それに——
「そもそも、あの男が分身魔法を使えるなんて聞いたことがない……!」
思考が嵐のように渦巻く中、ボーディの瞳孔が急激に収縮した。
——まさか!?
彼は弾かれるように視線を落とし、自分が蹴り飛ばした「何か」を確認する。
地面にしゃがみこみ、指先で散らばった破片を掴み上げた。
それは……
肉でもなければ、骨でもない——
ただの石くれだった!
「クソッ!騙されたか!!」
怒りが脳髄を焼き尽くす!
その瞬間——
殺気が背後から爆発した!
——シュンッ!!
鋭い音とともに、小さな影が疾風のごとく飛来する。
それは空気を切り裂きながら、恐るべき速度でボーディの背後へと迫っていた。
そして——
突如としてその球体が膨張し始める!
拳ほどの小さな塊だったものが、一瞬で巨大な岩球へと変貌!
質量と破壊力が一気に跳ね上がる!
ボーディの瞳が怒りに燃え上がった。
「また俺を弄ぶ気か……!?」
——ドゴォォォン!!!
言葉を吐く間もなく、膨れ上がった岩球が背中に炸裂した!
大気が揺さぶられ、爆発的な衝撃波が周囲を襲う。
地面が震え、幾筋もの深い裂け目が奔った。
——バキィッ!!
岩球は粉々に砕け、破片が四方に飛び散る。
だが——
ボーディは動かない。
彼は依然として、静かにそこに立っていた。
「…………ジジジ……」
不気味な音が響き渡る。
次の瞬間——
ボーディの全身から、黒く濁った液体が溢れ出した。
それはまるで猛毒のように粘り気を持ち、皮膚を這うように流れ落ちる。
足元に滴り落ちたその液体が、瞬く間に地面を侵食し、半径1メートルの範囲を焦土へと変えていく……!
辺りに立ち込める、鼻を突く刺激臭。
地面から立ち上る、白い煙。
だが、ボーディは叫ばない。怒りも露わにしない。
ただ、冷徹に——
足を、一歩、踏みしめた。
「……遊びは、終わりだ。」




