第38話 12 前には狼、後ろには熊。
突然、エイトの正面から巨大な黒い影が猛然と飛び出してきた——。
その魔獣は、これまでに遭遇した魔物よりもさらに巨大で、隆々とした筋肉が鎧のように張り巡らされ、鋭い牙が刀光を反射しながら冷たい光を放っていた。その圧倒的な存在感は周囲の空気すら重くし、押し寄せるような威圧感を放っている。
しかし、エイトは一切躊躇わなかった。
両手を僅かに沈め、しっかりと双剣を握りしめる。その瞳は氷のように冷たく研ぎ澄まされていた。
「シュッ——!」
次の瞬間、空気を裂く音と共にエイトの姿が疾風のように消えた。刹那、鋼が交差する金属音が響き、闇の中に二筋の閃光が閃く。その動きはあまりにも速く、目で追うことすら困難だった。
エイトが再び姿を現したとき、その足元はすでに魔獣の背後にあった。対する魔獣はなおも突進する体勢を保ったまま——まるで何が起こったのか理解できていないかのようだった。
だが、その直後——
「ブシュッ——!」
鮮血が魔獣の胸から噴き出し、深く刻まれたX字の傷が鮮烈に浮かび上がる。熱い血潮が地面に飛び散り、微かな蒸気が立ち昇る。巨体はぐらりと揺れ、やがてドサリと地に倒れ込んだ。
「ナイト、今だ!」 エイトは迷いなく叫ぶ。
ナイト、ザック、サンディの三人は即座に反応し、エイトが切り開いた突破口を駆け抜ける。彼らの影は暗い森の中を素早く移動し、足元の枯葉を踏みしめる音がリズミカルに響いた。
だが、背後ではなおも魔物たちが執拗に追いすがる。低く響く咆哮が夜闇に轟き、それはまるで死の足音のようだった。
この距離まで近づいた魔物に選択肢はない——
燃え盛るサンディの炎に焼かれ、灰となるか。
ナイトの大剣によって、真っ二つに斬り裂かれるか。
四人は歯を食いしばり、ひたすら前へと駆ける。
しかし——
「グオォォォォ——ッ!!!」
突如、雷鳴のごとき咆哮が森を揺るがし、凄まじい衝撃波となって四人に襲いかかる。咆哮の余波に驚いた鳥たちが一斉に飛び立ち、木々の葉がざわめきながら地面へと舞い落ちた。
四人は本能的に足を止め、背後を振り返る——。
そして、彼らの視界に映ったのは、恐るべき巨影だった。
闇の奥から、ゆっくりと姿を現したのは——
まるで熊のような、巨大な魔獣。
全身には無数の傷跡が刻まれ、太く逞しい四肢は地面を踏みしめるたびに枯れ枝を粉砕する。深みのある茶色の皮膚、その胸には白い紋様が刻まれている。
さらに目を凝らせば、左腕には短剣が何本も突き刺さったままで、肉に深く食い込んでいるのがわかる。おそらく、幾度となく戦いを繰り広げた証なのだろう。
そして、その首には朽ちた鉄鎖が巻き付いていた。
重く錆びた鎖の両端は胸元に垂れ下がり、魔獣が動くたびに**ガチャリ…ガチャリ…**と鈍い金属音を響かせる。
しかし、何より恐ろしいのは——
その血のように紅い瞳だった。
燃え上がるような赤い光が、四人を鋭く射抜いている。
そこにあるのは、紛れもない殺意だった。
「こいつ……厄介だな。」ナイトが低く呟く。額には一筋の汗が伝う。
「もし捕まったら、時間を無駄にするだけじゃ済まないぞ。」
言葉が終わるよりも速く、魔獣が動いた——!
咆哮と共に地を蹴り、巨大な影が宙へと舞い上がる。狙いは四人。




