第38話 10 異常な攻撃
「どうした、牙?何か怪しいものでも見つけたのか?」
「姉貴、違うよ。」 牙は気怠げに手をひらひらと振り、口元にはどこか愉快そうな笑みが浮かんでいた。「ただのしつこいストーカーみたいな奴らさ。殺すほどの価値もないし、適当に追い払えばいいだろう。でもまあ……もし最後までしつこくついてきたとしても、どうせ大したことない雑魚だしな。」
そう言うやいなや、牙は指先を軽く持ち上げた。すると、袖口から漆黒に近い緑色の毒霧がふわりと立ち昇る。毒霧はまるで生き物のように音もなくうねりながら流れ、木々の隙間をすり抜け、草むらをなめるように滑り、地面を這う蛇のごとく奈特たちの方へと伸びていく。霧はやがて薄く広がりながら周囲に浸透し、見えない結界のように彼らを取り囲んだ。しかし、奈特たちはこの異変にまったく気づいていない。
だが、本当の異変は彼らではなく、周囲の魔物たちに起こっていた。
もともと闇に潜んでいた下級魔物たちが、この毒霧を吸い込んだ途端、様子を一変させた。彼らの瞳がじわじわと不気味な紅に染まり、これまで奈特たちを遠巻きに観察していた慎重な目は、いつの間にか血に飢えた獣のそれへと変わっていた。獣の本能が完全に解き放たれ、あちこちで低く唸る声が響き始める。空気には次第に、異様な緊張感と狂気じみた殺気が満ちていった。
「よし、さっさと追いかけるぞ!」
ザックが前へ進みながら、急かすように言う。「のんびりしてたら、手遅れになっちまう——」
しかし、その言葉は途中で途切れた。なぜなら、振り向いた先で、エイトがすでに二本の刀を抜き放ち、周囲を警戒していたからだ。
「……お前、気づいてないのか?」
エイトの声は低く、張り詰めた緊張がにじんでいた。「足音が増えてきた……それもかなりの数だ。よく耳を澄ませば、魔物の唸り声まで聞こえてくる。」
ザックは一瞬動きを止め、耳をすます。すると、遠くの草木の間から、不気味な音が微かに漏れ聞こえた。まるで無数の爪が地面を引っかきながら、じわじわとこちらに迫ってくるような音——。
サンディは即座に魔力を練り、周囲の探知を開始する。そして、険しい表情で答えた。
「エイトの言う通りだ……周囲に魔力を持つ生物が大量に集まり始めている。」
その時だった——
突如として、闇の中から黒い影が弾丸のように飛び出した!
それは豹のような姿をした魔物だった。しかし、その皮膚は異様な黒赤色を帯び、まるで血の海から這い出てきたかのような不気味な色合いをしていた。何より目を引くのは、異常なほどに巨大な牙。凶悪な獣の本能をむき出しにし、恐るべきスピードでサンディに襲いかかる!
「チッ……!」
奈特は瞬時に反応し、大剣を構えて前に出る。
ガキィィン!!
金属と爪が激突し、火花が散る。その衝撃は空気を震わせ、林の静寂を粉々に打ち砕いた。
その刹那、エイトが一閃!
疾風のごとき刃が閃く。**「シュッ!」**という鋭い音とともに、魔物の首が鮮やかに切り飛ばされた。真紅の血が噴き出し、地面に倒れ込む死体を染めていく。
奈特は大剣を軽く振り、こびりついた血を払った。そして、冷徹な眼差しで静かに言う。
「どうやら厄介なことになったな……これ以上時間を無駄にできない。敵の数が増えれば増えるほど、追跡どころじゃなくなる。速攻で片をつけるぞ。」
ザックは倒れた魔物を見下ろし、眉をひそめた。
——何かがおかしい。
この魔物の姿……まるで、以前とは違う何かに変異しているような……そんな違和感が、ザックの胸の奥でざわめいていた。




