第38話 09 ターゲット、ロックオン。
空に残る最後の夕焼けがゆっくりと消え、暗闇が潮のように大地を覆っていく。
微風が荒れ果てた戦場を撫で、昼間の激しい戦闘の余韻を運んでくる。焦げた大地の匂いと木々の微かな香りが混じり合い、静寂の中にも戦いの名残が漂っていた。
「でも、ナイトの傷はまだ完全に癒えていないわ。」
サンディの声には、優しさの中に確かな憂いが滲んでいた。「もしこの小さな丸薬が体力を極端に消耗させるものなら、命の危険さえあるかもしれないのよ。」
ナイトは口元に笑みを浮かべ、肩をすくめながら軽い調子で言う。
「大丈夫、大したことないさ。あの時は皮膚が強酸で焼かれて、あまりの激痛で気を失っただけだ。それに、さっきサンディの回復魔法のおかげで、もうかなり良くなったしな。」
彼は夜闇の向こうを見つめ、期待に満ちた瞳を輝かせる。
「それより、あとどれくらいで追いつける?」
アイトは腕を組み、指先で顎をトントンと叩きながら、じっと思案するような表情を浮かべた。
「俺の提案なんだけど……夜まで待って奇襲を仕掛けるのはどうだ?やつらが油断している隙を突けば、こっそり石を奪い返せるかもしれない。それに……運が良ければ、もう眠りについている可能性だってある。」
ザックはその言葉に軽く鼻を鳴らし、腕を組んで小さく笑った。
「夜襲ってのは悪くない作戦だな……だが、本当にあいつらがそんなに無警戒だと思うのか?」
彼は遠くの地平線を見やりながら、ゆっくりと続ける。
「だが、よく考えてみろ……まさか俺たちがここまで追ってくるなんて、あいつらも思っていないはずだ。普通ならな。こんな無謀なこと、正気の奴はしないだろ?」
ナイトはその言葉を聞くと、楽しそうに笑い、ザックの肩を叩いた。
「そうだな。でも、俺たちってそもそも正気じゃないよな?」
彼は剣を握りしめ、目を輝かせる。
「よし、馬鹿なことを全力でやるとしようぜ!そして、最高にカッコよく締めくくるんだ!」
ザックはため息をつきながらも、どこか楽しげに言った。
「おいおい、俺はバカじゃないぞ?お前ら二人のバカと一緒にするなよ。」
—— 夜の帳が降りる頃、彼らはついにかつての戦場へと辿り着いた。
剣戟の傷跡が刻まれた大地は、今も生々しくその激闘を語っている。焦げた土の匂いが鼻をつき、風が舞い上げる砂埃が静寂の中で揺らめく。
サンディはそっと地面に膝をつき、指先で土をなぞる。
その指が僅かに沈む場所を見つけ、慎重に分析するように呟いた。
「ここが……私たちが戦った場所ね。」
彼女は東南の方角に伸びる微かな足跡を指さしながら、眉を寄せる。
「痕跡から見るに、彼らは東南へ向かったみたい。でも、私たちが追うには少し遅すぎたかもしれないわ……もし道中で足跡を消していたとしたら、さらに追跡は難しくなるでしょうね。」
—— その頃、数キロ先。
三人の兄妹が、月明かりに照らされた山道を進んでいた。
ボーディは姉の語る未来の話に耳を傾け、その瞳を期待に輝かせていた。
まるで、すでに成功を確信しているかのように。
しかし、最前を歩く牙は、ただ黙々と歩を進めるのみ。
彼の歩みは揺るぎなく、まるで大地そのものと一体化しているかのようだった。
—— だが、その足が、ふと止まる。
鋭い目がわずかに光り、彼は一瞬、獣のように振り返った。
視線の先には、漆黒の闇。
そこには何もないはずなのに、彼の瞳には、まるで*「何か」を捉えたかのような鋭い輝きが宿る。
—— 夜の静寂を裂くように、追撃戦が始まろうとしていた。




