第37話 13 奪われた!
空気中には細かい白い粉塵が漂い、まるで戦場を覆う薄霧のようだった。ボーディの肌がその漂う粉末に触れた瞬間、内部に含まれた胡椒が刺激となり、激しい灼熱感が全身を駆け巡る。まるで体が燃え上がるかのようだった。筋肉が痙攣し、顔は苦痛に歪み、呼吸さえも荒く乱れる。
「くそっ……!」彼は低く唸り、思わずナイトの手を離した。
エイトはその一瞬の隙を逃さず、弱り切ったナイトを素早く掴むと、サンディの方へ全力で駆け出した。
「急げ!今逃げないと手遅れになる!」
ザックとサンディも即座に状況を理解し、一切の迷いなく逆方向へ走り出す。四人の足音が枯葉と土を踏みしめ、混じり合いながら響く。その背後で、ボーディは舞い上がる粉塵に視界を奪われ、目を開けることさえできなかった。
その時、突然強烈な風が吹き荒れ、砂嵐のように舞っていた粉塵を一気に吹き飛ばした。ボーディは荒い息をつきながら、ようやく目を開け、歯を食いしばって怒りに震えた。
「ボーディ、大丈夫か?油断したみたいだな。」
皮肉めいた声が彼の耳元で響く。獣牙は腕を組み、余裕の表情で立っていた。その口元には嘲るような笑みが浮かんでいる。
「なら助けろよ!」ボーディは怒鳴った。「奴らが逃げたぞ!追わなくていいのか?姉貴はともかく、お前は……!」
しかし、その言葉が終わる前に、穏やかだが威厳のある声が割って入った。
「もういいわ。二人とも喧嘩はやめて。」
女がゆっくりと近づいてきた。長い髪が微風に揺れ、落ち着いた声ながらも、そこには揺るぎない威圧感があった。
「ボーディ、大丈夫?」
ボーディは悔しさに歯を食いしばりながら、少し目を伏せて答えた。「すまない、姉貴……今回のミスは俺の責任だ。」
彼女は微笑みを浮かべた。その目は穏やかで優しいが、どこか鋭さも感じさせる。
「気にしないで。誰にだって失敗はあるものよ。それに……私たちの目的はもう果たされたでしょう?」
彼女の言葉と同時に、獣牙がポケットから一つの石を取り出した。それは淡い光を放ち、まさにサンディが必死に守っていたものだった。
「俺はお前らみたいな間抜けとは違うんでな。」獣牙は手の中の石を軽く投げながら、無造作に笑った。「もう手に入ったんだ。わざわざ皆殺しにする必要はないだろ?俺たちは殺し屋じゃない。」
ボーディの目が大きく見開かれる。「お前……いつの間に……!?」
獰牙は肩をすくめ、ニヤリと笑った。「お前ももっと学べよ。」
女は微笑を浮かべたまま、どこか確信を持った口調で言った。「やっぱり獣牙はもう手に入れてると思ったわ。」
獰牙は眉を上げ、興味深そうに尋ねた。「へえ?どうして分かった?さっきまで戦闘に興味なさそうだったのに。」
彼女はさらりと髪をかき上げ、少し意地悪そうな笑みを浮かべた。「当然でしょ。私はあなたたち二人の姉なんだから、一番よく分かってるわよ。」
彼女は踵を返し、軽く手を叩いて言った。「さあ、行きましょう。これが私たちの最後の任務だった……だから、この後は一緒に旅をしましょう。もちろん、あなたたちは私のボディーガードよ。」
獰牙は鼻を鳴らし、苦笑いを浮かべた。「まったく……俺はいつそんな約束をしたんだ?まあ、面白そうだからいいけどな。」
彼の唇がわずかに上がり、目の奥には期待の色が宿る。ボーディは一瞬むっとしたが、結局は無言で二人の後を追った。
夜は静かに更けていく。三人の姿は闇に溶けるように森の中へと消えていった。微かな風が吹き抜け、戦いの余韻をかき消すように粉塵をさらっていった。




