第5話09勇敢な臆病者
「くそっ……!」
ニックスは荒い息をつきながら、剣をしっかりと握りしめ、燃え盛る村の中へと飛び出した。
大通りへ出た瞬間、目の前に広がったのは、まるで地獄絵図だった。
真紅の炎が空へと昇り、家々を飲み込み、悲鳴と怒号が飛び交う。
その中心に、赤い精霊が蠢いていた。
「何だ、あいつらは……?」
精霊たちは人間のような姿ではなく、漆黒の核を中心に渦巻く炎の塊だった。
腕のように伸びる二本の太い炎、しかし足はなく、まるで空間に浮かぶようにしてゆらめいている。
冒険者たちが剣や魔法で応戦しているが、火の精霊たちは斬られても炎が弾けるだけで、すぐに再生する。
「どういうことだ……?」
その時、視線の先に**『多話』**の姿があった。
「ニックス!」
タワもすぐにニックスに気づき、焦った様子で駆け寄ってくる。
「一体どこに行ってたの!?村が襲われてるのに気づかなかったの?」
「襲われたって……誰に?」
「赤い精霊たちだよ!」
タワの指さす先では、まだ燃え盛る炎の中で精霊たちが不気味に漂っている。
ニックスはそれをじっと観察した。
炎の精霊は、まるで怒りそのものが形を持ったかのような存在だった。
形を持たず、炎が揺らめくたびに姿が変わる。
だが確かなのは、通常の攻撃では倒せないということ。
タワは険しい表情で続けた。
「……それよりも、今すぐ伝えたいことがある。」
「何だ?」
「……今、村の皆が君を内通者だと疑ってる。」
「……なに?」
思わず、ニックスの眉がぴくりと動いた。
「君が異世界から来たことを知っているのは、リードや村長、そして一部の人間だけ。他の村人たちは知らないんだ。」
タワの言葉が、冷たい現実を突きつける。
村人たちにとって、異世界から来たという得体の知れない存在。
しかも、突如として現れた炎の精霊たち。
「……君は新参者だ。疑われても仕方がない。」
言い返すことができなかった。
それに、今のニックスでは……
彼は拳を握りしめ、自嘲気味に笑った。
「……それに、俺の力じゃ、こいつらには太刀打ちできない。」
精霊を倒せるのは、魔力を込めた武器だけ。
だが、ニックスはまだ魔力神経を完全に掌握していない。
つまり——戦ったら死ぬ。
「だから、隠れる場所を探して。」
タワはそれだけ言うと、すぐに戦場へと走り去った。
ニックスは、その場に取り残されたまま、ギリッと歯を食いしばる。
「くそ……くそっ……!」
拳を強く握る。
「俺は……強くなったはずなのに……!」
何度も何度も訓練した。
自分の力を高めるために、限界まで努力した。
それなのに——
今の俺は、ただの足手まといじゃないか……!
だが、立ち止まっている時間はない。
このまま戦っても、何もできずに死ぬだけだ。
「……今はそんなことを言ってる場合じゃない。隠れられる場所を探さないと……!」
悔しさを押し殺しながら、ニックスは燃え盛る村を駆け抜け、身を潜められる場所を探した——。




