第5話 02日没
「そういえば、今日は誰かの誕生日だよ!」
夢子は楽しげに笑いながら、期待に満ちた瞳でニックスを見つめた。
「大宴会が開かれるんだけど、行く? 料理は全部無料だよ!」
彼女の声は弾んでいたが、それとは対照的に、ニックスはわずかに眉をひそめ、静かに首を振った。
「後で行こうかな……今は、あまり食欲がないんだ。」
どこか力のない声だった。
「そっか……。」
夢子は一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐに穏やかな微笑みに戻った。
「じゃあ、少し休んでおいて。あんなことがあった後だし、無理しちゃダメだよ。」
彼の疲れた表情を気遣うように、優しく言葉を添える。
「……うん。それじゃあ、後で。」
ニックスは軽く手を振り、その場を離れた。
彼の背中を見送りながら、夢子はそっとため息をついた。
「……ニックス、精神的にかなり参ってるみたい。」
振り返ると、リードが静かに立っていた。
「まぁ、無理もないよね。異世界に来て最初の冒険であんなことがあったら、誰だってこうなるよ。」
彼女の言葉に、リードは腕を組みながら考え込むように頷いた。
「しばらく静かにさせておこう。でも、もし彼がこのまま塞ぎ込むようなら、俺が話をするよ。」
「うん、さすが隊長みたいだね。」
夢子はくすっと笑う。
「僕はいつだって隊長っぽいんだから。」
リードは少し誇らしげに肩をすくめた。
— 一時間後 —
ニックスは酒場の隅にひっそりと座っていた。
ぼんやりと窓の外を見つめながら、胸の奥でぐるぐると渦巻く思考に囚われていた。
「……僕、結局何をすればいいんだろう?」
心の中で問い続ける。
「冒険者なんて、やめた方がいいのかもしれない。命を懸けて戦うなんて、正気の沙汰じゃない。お金なら、他の仕事でも返せるし……。」
酒場の外では、暖かな明かりが夜の街を優しく照らしていた。
楽しそうな笑い声、宴の喧騒。
本当なら、こういうのが夢に見た異世界生活のはずだった。
ワクワクする冒険、仲間たちと語り合う楽しい日々。
——なのに、どうしてこんなにも苦しいんだ?
胸の奥が、何かに押し潰されそうだった。
「……死にたくない。」
その思いが、不意に唇から零れ落ちる。
窓の向こうに揺れる灯りをじっと見つめながら、彼はぽつりと呟いた。
「やっぱり、冒険者なんてやめて……普通に働くのも、悪くないのかもしれない。」
「——それで、諦めるつもりなのか、少年?」
突然、背後から低く響く声がした。
ハッとして振り返ると、そこにはリードが立っていた。
彼は薄暗いランプの光を背に受けながら、静かにニックスを見つめていた。
「……何しに来たの?」
ニックスはぼそりと尋ねる。
「君が困っているようだからね。」
リードは軽く肩をすくめ、対面の椅子に腰を下ろす。
「困ってるよ。」
ニックスは小さく息を吐いた。
「だったら、話してごらん。問題を口にすれば、少しは気が楽になるかもしれないよ。もちろん、僕は心理医じゃないけどね。」
リードはどこか茶化すように笑いながらも、その瞳には真剣な光が宿っていた。
ニックスは、ほんの少しだけ迷った後、ぽつりと呟いた。
「……冒険者を続けられるか分からないんだ。」




