第5話01私はとても失敗者です
昨日はちょっとした事があったので一日更新が止まってしまいました。 でも今日からはいつも通り更新していきます。 みんな楽しみにしています。
「……俺、弱すぎる。」
冷えた風が森の隙間をすり抜け、血の匂いが微かに漂う戦場に吹き込んでいた。
ニックスが医療チームを連れて戻った時、そこにあったのはすでに沈黙した巨大ゴブリンの骸だった。
遅かった。何もできなかった。
胸の奥が重く沈み、拳をぎゅっと握りしめる。
「ニックス、大丈夫か?」
チャーリーが心配そうに顔を覗き込む。
彼の鎧には深い傷が刻まれ、まだ乾ききらない血が付着していた。
ニックスは小さく息を吐き、無理に笑顔を作った。
「……うん、僕は大丈夫。」
けれど、その言葉とは裏腹に、心の中は自己嫌悪でいっぱいだった。
——俺は、何も守れなかった。
「医療チームが来てくれて本当に助かったよ。もし来てくれなかったら、俺は死んでたかもしれない。ありがとう、ニックス。」
チャーリーの声は安堵に満ちていた。
ニックスはかすかに眉を寄せ、ぎこちなく微笑む。
「気にしなくていいよ、当然のことだから。」
それでも、喉の奥が詰まるような感覚は消えなかった。
もし自分が怖がらなければ、もっと早く駆けつけていれば——
みんなの傷は、こんなに深くならなかったかもしれない。
全ては、俺のせいだ。
「今回の任務は、本当にギリギリだったな……危うく死ぬところだった。」
ヘンリーが肩をすくめ、乾いた笑いを零した。
彼の額には汗が滲み、疲労と戦い抜いた痕跡がはっきりと刻まれていた。
「それでも、隊長がいてくれたおかげで、俺たちも少しは成長できたと思うよ。それに、二体の巨大ゴブリンをあれだけの時間引き留めることができた。」
クリが微笑みながら言う。
ニックスはただ、唇を噛みしめることしかできなかった。
「ニックスも、よく頑張ったよ。」
リードが優しく声をかける。
しかし、その言葉に、ニックスの心はさらに苦しみで締めつけられた。
「僕が、頑張った?」
彼は俯き、拳を震わせる。
「違うよ……僕は、全然ダメだった。ただの臆病者だ。」
影が彼の表情を覆い、罪悪感が深く刻まれる。
「ニックス、大丈夫か? 精神的に、少し参ってるみたいだけど。」
「……大丈夫。少し休めば良くなるよ。」
作り笑いを浮かべたつもりだったが、そこには何の力もなかった。
本当は、自分が一番分かっていた。
——休んだところで、心の傷は癒えない。
それでも、時間は待ってくれない。
数人は医療チームとともに、ゆっくりと村へと帰還した。
村の入り口にたどり着くと、すでに多くの村人たちが集まっていた。
彼らの瞳には、不安と安堵が入り混じった色が宿っている。
「君たち、怪我はなかったのか? 事故に遭ったって聞いたけど……。」
誰かが心配そうに声をかける。
チャーリーは小さく笑いながら肩をすくめた。
「まぁ、無傷とは言えないけど……なんとか生きてるよ。」
クリはそんな彼を見て、微かに微笑む。
「……みんなの家族や、俺たちの仲間も、すごく心配してたんだ。」
その言葉に、村人の間から安堵のため息が漏れる。
だが、ニックスはそんな温かい空気の中でも、ひとり冷えた心を抱えていた。
「……僕の両親、こんな僕を見たら、きっと失望するよね。」
ぽつりと、小さく呟いた言葉は、誰にも届かなかったかもしれない。
しかし、その声を拾うように、ふいに優しい声が降り注いだ。
「ニックス、今回は本当に危なかったね。最初の任務で、こんな過酷なものを受けるなんて……。」
夢子が、いつの間にか彼のそばに立っていた。
ニックスは顔を上げると、彼女の心配そうな瞳と目が合った。
「……うん、確かに、無謀だった。」
力なく微笑みながら、彼はぽつりと呟く。
「ちょっと、休みたい。」
「本当に、しっかり休んでね。」
夢子の声は優しく、そしてどこか切なげだった。
けれど、ニックスはただ、小さく頷くだけだった。
沈む夕陽が、彼の背中を長く引き伸ばしていく。
戦いは終わったはずなのに——
彼の心の中では、まだ終わりの見えない戦いが続いていた。




