第11話03史上初の幽霊剣士
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朝の静寂が、薄暗いホテルの部屋を優しく包んでいた。
ニックスはゆっくりと目を覚ました。
天井をぼんやりと見つめながら、しばらく体の重さを感じていた。
周囲を見回してみたが、フィードの姿はなかった。
「出かけたのかな…?」
寝起きのぼんやりとした頭でそう思った瞬間、腹の底から鈍い音が響いた。
「…ああ、お腹が空いた。」
ニックスは重い体を起こし、ベッドの端に座り込んだ。
朝の冷たい床が素足に心地よく、少しだけ目が覚めていく。
「フィードはどこに行ったんだろう。」
そう呟きながら、空腹を満たそうと部屋の中を探し始めた。
小さな冷蔵庫、カバンの中、引き出しまで開けてみたが、何も見つからない。
ため息をつき、仕方なくソファに腰を下ろしたその時——
ガチャリ…
突然、ドアが開く音がして、フィードが現れた。
「ニックス、起きたんだね。」
フィードは柔らかく微笑み、両手に紙袋を抱えていた。
袋の中から漂う温かいパンの香りが、ニックスの空腹をさらに刺激した。
「お腹が空いたのか?安心して、食べ物を買ってきたよ。」
ニックスはホッと息をつきながら、申し訳なさそうに微笑んだ。
「…ああ、ごめんね。迷惑ばかりかけちゃって。前に暴走して君を攻撃したこともあったし。」
フィードは軽く首を振り、優しく言った。
「前にも言っただろう、大丈夫だって。そんなこと気にしないよ。」
「さあ、もう少し休んでて。僕が食事を作るから。」
その優しさが、ニックスの胸にじんわりと染み込んだ。
「本当にありがとう。君には感謝してもしきれないよ。」
「そんなこと言うと距離を感じるじゃないか。」フィードは少し笑いながら言った。
「君は僕の一番の友達の一人だよ。」
その言葉に、ニックスは少しだけ安堵し、再びベッドに戻った。
隣のキッチンからは、フィードが料理をする音と、わずかに焦げた香ばしい匂いが漂ってきた。
しかし、ニックスの心には、まだ少しの罪悪感が残っていた。
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「そうだ、ニックス。君には検査があるんだ。」
突然、フィードが声をかけてきた。
「検査?」
「うん、精神突破の検査みたいなものだって。」
「…魔力突破だろ?」
「そう、それそれ!」
フィードは少し照れくさそうに笑った。
「君が目覚めたら冒険者協会で検査を受けてね。前に行った場所だよ。」
ニックスは小さく頷いた。
「わかった。後で行ってみるよ。」
フィードは料理をテーブルに運んできた。
温かいスープと焼きたてのパンが並び、心まで温まる光景だった。
「特に大事なことじゃないと思うけど、とにかく今日はゆっくり休んで。」
「君はまだ回復中なんだから、検査は無理しないで。それに、君が最後に僕を助けてくれたから、全然気にしなくていいよ。」
フィードはそう言い残し、優しい笑顔と共に部屋を出て行った。
「おやすみ、また明日ね。」
ニックスはベッドに横になり、ぼんやりと天井を見つめながら、静かに誓った。
「次は絶対に…同じ過ちを犯さない。」
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眠る時間はあっという間に過ぎ、朝が来た。
カーテンの隙間から差し込む淡い光が、部屋を薄青く照らしていた。
ニックスは静かに目を開け、しばらく布団の温もりを感じていたが、やがてゆっくりと起き上がった。
「…今日こそ冒険者協会に行こう。」
そう決めると、クローゼットを開け、いつもの服を手に取った。
ボロボロに擦り切れたコートを羽織りながら、ふと小さく苦笑した。
「やっぱり汚れてるな。洗濯するしかないか。」
服のほつれを指で撫で、ニックスは冒険者協会へと向かった。
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「ニックス、来たね。」
冒険者協会に入ると、見慣れた検査員が声をかけてきた。
「また君か。また会ったね。」
軽口を交わしつつ、ニックスは淡々と検査を受けていった。
しかし、検査の終わりに近づいた頃、検査員の表情がわずかに引き締まった。
「ニックス、君に知らせることがある。」
その言葉に、ニックスは一瞬、嫌な予感がした。
「…何だろう、まさか俺が重病だとか?」
「違う。」
検査員は微笑んだが、その瞳は真剣だった。
「むしろ、おめでとうと言いたい。」
「…え?」
「君は突破に成功したんだ。」
「…突破?」
検査員は静かに続けた。
「しかも幽霊を使っての突破に成功した初めての人だ。」
その言葉が、ニックスの胸を強く打った。
「つまり、君は史上初の幽霊剣士になったんだ。」
一瞬、時が止まったような感覚。
自分の中に眠る力の存在が、今ようやく現実として突きつけられた。
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