第9話13吸収の魔物
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「どういう意味ですか?」
フィードが眉をひそめ、疑念を隠せない声で問い返した。
ギルドのスタッフは静かに彼らを見つめ、少し言いづらそうに口を開く。
「つまり、このままでは、君たちの実力はこれ以上向上しないということだ。」
その瞬間、ギルドの部屋に冷たい沈黙が流れた。フィードとニックスは、背筋を冷たい汗が伝うのを感じた。今の彼らにとって「成長の限界」は、まるで深淵から這い上がる影のように、恐ろしい響きを持っていた。
「だが、心配することはない。」
スタッフがゆっくりと微笑み、机の上に古びた黒革の箱を置いた。その箱には見たことのない奇妙な紋様が彫り込まれており、どこか不吉な気配を放っている。
「これはごく普通の現象だ。今から君たちに、その限界を突破する方法を教えよう。」
ニックスとフィードは無言で視線を交わした。半信半疑ではあったが、聞かないわけにはいかなかった。
「君たちは『魔力神経』というものを知っているね?」
ニックスが頷く。
「知っています。魔力を体内で循環させるための経路…ですよね。」
スタッフは満足そうに微笑んだ。
「その通り。そして覚えておいてほしい。人間の魔力神経には限界がある。すべての魔力神経を開発し尽くした者は、それ以上自身の魔力を増やすことができないんだ。だが、そこで終わりではない。」
スタッフは箱の蓋を静かに開いた。中から取り出されたのは、小さな紫色の球体——まるで夜空を閉じ込めたかのように、妖しく輝いていた。
「これが『魔力球』だ。」
球体の表面には微細な魔法陣が浮かび上がり、脈を打つように淡い光が脈動していた。
「この魔力球は非常に精密なシステムで、純粋な魔力で構成されている。要するに、君たちは魔物を見つけ、その魔力神経を奪うことになる。ただし——」
スタッフの目が鋭く光った。
「魔物を殺してはいけない。」
フィードが思わず息を呑んだ。
「殺してはいけない…?」
「そうだ。魔物の戦闘力を削り取り、体力がほとんど尽きた状態にまで追い込むこと。そうしたら、この魔力球に魔力を注ぎ込んでくれ。」
スタッフは球体を指でそっと撫でる。球が淡い青白い光を放ち、空気がわずかに震えた。
「すると、魔力球が周囲の魔力を吸収して蓄える。あとは、君たちがその魔力を吸収するだけだ。」
「でも、どうやって吸収するんですか?」
ニックスが恐る恐る尋ねた。
スタッフは再び箱の中から、もう一つの装置を取り出した。それは奇妙な正方形の金属の箱で、側面には魔法陣が刻まれ、中央には小さな凹みがあった。
「これを使う。」
スタッフは魔力球をその箱の上にそっと置いた。すると、箱が静かに振動し、魔力球から薄い紫色の霧が漏れ始めた。
「この装置は、魔力球に封じられた魔物の魔力神経を抽出し、小さな薬の形に変えるんだ。」
やがて箱の側面から、まるで水滴のような、紫色のカプセルがころりと転がり出た。
「この薬を飲むことで、その魔物の魔力神経が君たちのものになる。そして、その魔物のスキルを習得できる。」
フィードは、まじまじとカプセルを見つめた。その中には、何かがうごめいているような錯覚さえ覚える。
「…そんなことが可能なんですか?」
スタッフの表情が、少しだけ硬くなった。
「ただし、注意が必要だ。」
彼は視線を真っ直ぐ二人に向ける。
「この魔力球は、一度しか使えない。そして、一生に一度しか薬を吸収することはできない。それ以上の吸収を試みれば、魔力神経が破壊され、最悪の場合、魔力の暴走で死ぬことになる。」
その言葉は、まるで鋭利な刃のように、二人の心に突き刺さった。
「一生に一度…」
ニックスが小さく呟く。
「そう、一度だ。」
スタッフは厳しい口調で念を押した。
「だからこそ、どの魔物の魔力神経を手に入れるか、慎重に選ばなければならない。強大な力を持つ魔物ほど、そのスキルは強力だが…リスクも同じだけ大きい。」
フィードとニックスは、しばらく無言のまま立ち尽くした。部屋の中には、緊迫した空気が張り詰めていた。
「…やるか?」
フィードが、恐る恐るニックスに尋ねる。
ニックスはしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。
「俺たちはもっと強くならなきゃいけない。あの戦いみたいなことが、これから何度もあるんだ。逃げてばかりはいられない。」
フィードの目にも、同じ決意が宿った。
スタッフは二人の様子を見て、再び静かに微笑んだ。
「そうこなくちゃな。じゃあ、覚悟を決めて——限界を超えてこい。」
こうして、フィードとニックスは「魔力球」を手に、再び未知なる冒険へと足を踏み入れることとなった。彼らの前に待つのは、力と恐怖、そして運命を賭けた選択の連続だった。
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