第9話12成長の限界
---
「それに、僕たち二人だけじゃない。他の三人もまだ見つかっていないんだ。」
ニックスは湯に肩まで浸かりながら、静かに言った。湯気が二人の間をふわりと流れていく。
「だから今日はしっかり休んで、明日には彼らを探しに行こう。」
フィードは湯の中で小さく頷き、目を閉じて長いため息をついた。
「ああ、そうだな。」
ふと、フィードが少し笑いながら話題を変える。
「ところで、ニックス、ここの食べ物ってどう思う?なんか特に違いを感じないんだけど。」
「いやいや、ここには特色料理があるんだよ。」
ニックスは笑みを浮かべ、少し得意げに言った。
そんな何気ない日常の会話が、心をほぐしていく。露天風呂から見える景色は、柔らかな陽の光を受けてどこまでも美しく感じられた。湯気とともに、戦いの疲れや不安が少しずつ遠ざかっていくかのようだった。
「ああ、この温泉、本当に気持ちよかったな。」
フィードが満足そうに伸びをする。
その瞬間、彼が思い出したように手を打った。
「ああ、そうだ、ニックス。忘れてたけど、冒険者ギルドが明日来るようにってさ。」
「え?何の用事?」
ニックスが湯から顔を上げる。
「俺たちのランクを再評価して、魔力テストもするらしい。」
「それって…俺たちのランクが上がるってことか?」
ニックスの瞳が一瞬だけ輝いた。
「多分ね。」
フィードが肩をすくめる。
「よし、じゃあ明日また会おう。」
そうして二人は温泉を後にし、それぞれの宿へと戻った。
---
夜が深まり、ニックスは数日ぶりに宿の自室へ戻ってきた。
「ああ…やっと戻ってきた。」
彼は疲れた体を引きずるようにして部屋のドアを押し開けた。部屋には懐かしい香りがわずかに残っていた。
荷物を机の上に無造作に置き、バルコニーのドアを開ける。冷たい夜風が頬を撫で、遠くの街灯が静かに瞬いていた。
ニックスは椅子をバルコニーに運び、ゆっくりと腰を下ろした。街の明かりをぼんやりと眺めながら、ふと独り言のように呟く。
「俺…もっと強くなってみせる。」
その言葉には、単なる願望ではない、確かな決意が宿っていた。夜の静寂が彼を包み込み、やがて目を閉じると、意識はゆっくりと闇へと沈んでいった。
---
翌朝、青空が広がり、爽やかな風が街を包んでいた。
ニックスとフィードは約束通り、冒険者ギルドへと向かった。ギルドの石造りの建物は朝の光を受けて荘厳に佇んでいる。
ギルド内に入ると、すぐに担当のスタッフが二人を迎えた。
「お待ちしておりました。では、さっそく評価テストを始めますね。」
笑顔のスタッフに案内され、二人は訓練場へと向かった。
---
テストは想像以上に厳しかった。
腕立て伏せ、体力テスト、精密な魔力測定。次々に課せられる試練は、まるでギルド側が彼らの限界を試しているかのようだった。
汗が額を流れ落ち、息が荒くなる。ニックスは歯を食いしばりながら、最後の魔力集中テストを終え、ようやく全てが終わった。
「はぁ…本当に疲れたな。」
フィードが膝に手をついて、息を整えている。
「ああ、汗で服がびしょ濡れだよ。」
ニックスも同じように息を切らしていたが、その顔にはどこか充実した表情が浮かんでいた。
---
ほどなくして、ギルドのスタッフが結果を知らせにやって来た。
「お疲れ様でした、二人とも。さて、結果についてですが…良いニュースと悪いニュースがあります。」
フィードが少し警戒しながら言った。
「まずは良いニュースを聞きたいな。」
スタッフはにこりと微笑み、書類を手に取った。
「良いニュースは…君たちのランクが上がって、白銀二段になったことです。」
その言葉を聞いた瞬間、ニックスとフィードの間に安堵と喜びの空気が流れた。
「ついに…!」
ニックスは小さく拳を握りしめる。
しかし、スタッフの顔が少し曇ったのを見逃さなかった。
「…で、悪いニュースは?」
スタッフはわずかに視線を落とし、ため息混じりに続けた。
「君たちは、今のところ成長の限界に達してしまった、ということです。」
その言葉が、まるで冷水を浴びせられたように、二人の心を一瞬で引き締めた。
「限界…?」
ニックスが静かに呟く。
「どういうことだ?」
フィードが眉をひそめる。
スタッフは申し訳なさそうに答えた。
「つまり、現状のままではこれ以上のランクアップは望めない、ということです。さらなる強さを得るには…何かが足りない。」
ギルドの窓から差し込む朝の光が、妙に冷たく感じられた。
---




