二杯目「異端と無剣」
「センか。よろしくな!俺はこの森とその先にある『異端者』の街の調査にしにきたんだ」
「異端者?」
「異端者ってのは王国に反抗しようとする頭のおかしい連中のことだよ。せっかく魔王国の奴らがいなくなって清々してたのにさぁ」
聞き慣れない言葉にセンが問うと、気に食わなそうにグランは頬を膨らませながら言った。
(魔王国……本当に劇と同じみたいだ。ということは、ここは)
“ハッピーエンド"の後の世界”。なんて仮説をセンは立てる。
「せっかく王国が勝って世の中は無事安泰!ってなったのに、それを乱す異端者のヤローどもはほんと許せねえ!特にそんな奴らを守る死神!絶対俺がとっちめてやる!」
ガチンと拳を突き合わせ、グランは異端者と死神に向けて怒りをあらわにした。
グランの話を整理するとつまりこういう事だ。御伽話の定番とも言える王国と魔王国との戦いが勃発。そして王国が勝利しハッピーエンドを向かえたはいいものの、"異端者"と呼ばれる"頭のおかしい連中“が存在する。その異端者たちの街がこの先にあるが、それをを守る“死神"。その存在に王国騎士見習いグランは手を焼かされている…と。
センは少しずつ冷静に、自身が来てしまったこの世界の事情、そして今自分が居る場所について理解し始めていた。その時「だからさ!」とグランがこちらを向き、センの肩を掴んで、ぐいと顔を近付けた。
「一緒に死神をたおそうぜ!オレたちの第一歩を踏み出すんだ!」
「た、倒す?それにオレたち?」
輝く笑顔を見せるグラン。急な展開にセンが驚き、聞き返すとグランはご機嫌に続けた。
「センも死神に追いかけ回されてたってことは王国(こっち側)の人間なんだろ?それになんか上手く言えないけどさ…………」
そう言うとグランは少し照れくさそうに頬をかく。
「お前とならいい相棒になれる気がするんだ」
「相棒…」
センはそんな事を言われるのが初めてであった。少し戸惑ったが、“相棒“の響きは悪くないな、と思う。
「よしっ!じゃあ早速作戦を立てようぜ!こいつは俺の武器『イグニス・ハルバード(篝火の槍斧)』!炎の“剣力“が宿ってるんだ!」
意気揚々とグランは背中の槍斧『イグニス・ハルバード(篝火の槍斧)』を取り出して言った。斧部分の柄には正義の十字架をモチーフとしたマークが入っていて、おそらく彼の所属する王国の紋章なのだろう。
「剣力…?魔力とかじゃなくて?」
「おいそんなのと一緒にすんなよ!魔法やら魔力はかつて魔王が使ってたもので、奴が死んだ直後からもう廃れてるよ。それに比べて剣力は神様から直々に与えられる神聖な力なんだ…!」
グランは目を輝かせながら自身の槍斧を見つめた。次々と出てくる聞き慣れない言葉と、怒ったり、笑ったり表情がコロコロと変わるグランに目を回してきたセンは「へ、へぇ〜」と若干話を聞き流す。
「センの武器もあるんだろ?どんなのなんだ!?」
そんなセンを引き戻すかのように、キラキラとした眼差しをグランは向けた。
この世界へ来て、髪や目が白くなったり、妙な服や石は身に付けていても、グランが言うような“武器“は死ぬ前も死んだ後も持っていた記憶が無いセンである。
「いや、俺はそういうのはの持ってなくて…」
はは、とグランの期待に添えない答えを出してしまったことに少し苦笑した。
王国騎士という国民を守る職業があるようだし、グランと違って自身は守られる側なのだろうと無意識に解釈していたセンだったが、
「え?持ってない…?」
ざわり、木々が揺れた気がした。
「う、うん?」
明らかにこの場の空気が変わったことに気付くと同時に、センの頬に一筋の汗が伝う。声変わり前のグランの声は低くなり、雰囲気が重くなる。
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
自身に呆れたようにグランはガシガシと頭を掻きながら大きな長い溜め息を吐いた末、静かに対象に目をむける。センは強張ったまま、動けなかった。
「なんだ、無剣者か」
“無剣者“。そう呼ばれたセンを見るグランの目は、先程輝きを宿らせていた物と同一と疑わしい程澱み、表情も消え、まるで“人ならざる物を見るような“ものであった。
グランの澱んだ目に正義の十字架が見えた気がした。
「―――え?」
そんな衝撃を一拍遅れてセンは受け取る。追いつかない思考とは裏腹に、身体から力が抜けて尻餅をついてしまう。
「助けて損したぜ〜。何で狙われてたのかはしらねぇが、あのまま死神に食わせときゃ良かった」
「グ、ラン…?」
「知らねぇの?神の思想に反する異端者。そして剣力を持たない無剣者!こいつらはこの世に生きてる価値すらない、神に見捨てられた人間だって!」
センを置いて次々と言葉を並べるグラン。センはそれをただ聞いていることしか出来ず、ジリジリと追い詰められていく。
「あーあ、せっかく仲良くなれると思ったのに、」
そう言うとグランは両手で槍斧の柄を掴み、高く掲げる。にぃと、グランの口から尖った牙が顔を覗かせた。
「残念」
その言葉を合図に、弧を描くように勢いよく槍斧が振り下ろされる。グランの捕食者の目が、斧先がセンを捉える。映画のフィルムが流れるような刹那。斧が空を斬る音の裏で、何かが地面を蹴る音が鳴った。
そして大きく、素早い影が、センに直撃した――――――が、それは痛くなかった。
それはグランの槍斧ではなく、黒い手袋を纏った手。ふわり、と黒いマントがセンの視界を舞う。自身よりも大きな手に肩と足が包み込まれ、センは浮いていた。いや、抱えられていた。―――“死神“に。
「!?」
「チッ…!死神……!!!」
死神はグランから少し離れたところにセンを優しく降ろす。追いかけたり、助けたり、死神の目的は実に不明であるが、事実が一つ。あの恐れていた剣を握っていた手は、温かかった。
「アンタほんとおかしいぜ!なんでそんな強い力を持っていて、力のねぇ頭のおかしい無剣者や異端者をかばうんだ!?」
「………俺は」
死神が口を開く。涼しい風が森の木々の間を駆け抜け、黒く長い死神の前髪を撫でた。
「おかしいのはお前らの方だと思うけどな」
黒いベールの先に現れた強いサファイアの瞳はそう言い放つ。顕になった死神の顔は美しいと言う言葉がよく似合うものであった。
先刻、「神に見捨てられた人間」と言われたが、死神はセンのことを見捨てなかった。




