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その51 人はそれを奇跡と呼ぶ

「おめでとう。アルさん」


 高橋はいつもの通りサングラスの司令官風にモニターを眺めていた。

 日の光が当たっているからではなく、神々しい光に包まれたアルトルーゼは誰が何と言おうとこの世界の神だった。アルトルーゼが手のひらを海に向けると、ゆっくりと海底から大きな塊が浮き上がり、一つの塊となった。そうして右側のモニターにでき上るこの世界の地図は、どこか高橋の知っている世界地図の形に似ていた。ただ、もう一つ大きな大陸が足りていない。

 アルトルーゼは海底を探る様に飛び回り、深くそこにしずんでしまったものを見つけた。そうしてそれをゆっくりと引き上げて以前あった時の形に戻した。だが、そこはなんの生命も存在しない茶色い台地だ。海水をたくさん含んだ台地には草の一本も生えてはいない。大量の魔力と共に沈んだせいで、生き物が寄り付くことができなかったからだ。

 かつて森があったらしいところには朽ち果てた木々の残骸があり、都市であったらしき場所には崩れた建物の残骸があった。ただ、リスモンの街だけは、ほぼその姿を保っていた。住人の姿はないが、少し前まで住人たちが懸命に生きていた跡が見て取れる。だが、再びここに住人が帰ってくるのははるか遠い未来だろう。


「ゆっくりと再生させましょう」


 アルトルーゼはそうつぶやくと満足そうに微笑んで高橋の待つ家に帰っていった。






「はじめんには、元の世界に帰ってもらいます」


 アルトルーゼは、朝食後のお茶のひと時にそう宣言した。寝耳に水なんてことはなく、高橋は少し驚いた顔をした。


「え?は?俺、帰れるの?爆発に巻き込まれて死んだんじゃないの?」


 驚いたポイントは、帰れることではなく、自分が死んでいたわけではなかったことだった。


「ええ、はじめんは死んでなんかいません。あちらの世界で話の通じた神に手伝ってもらい、爆発のエネルギーを利用してはじめんをこちらの世界に飛ばしてもらったのです」


 どや顔で言ってくるアルトルーゼの頬を高橋はつついた。


「なんだよそれ、全然アルさんの力じゃないじゃん」

「むう、仕方がなかったのです。あのころの私にはほとんど神力がなかったのですから。かろうじてこの世界の神であることができる程度しか残されていなかったのですよ」


 ふくれっ面をするアルトルーゼを高橋はニヤニヤしながら眺める。


「ようやくはじめんを元の世界に戻せるだけの神力が戻りました。なにしろ帰りは私の神力しか使えませんからね」


 そんなことを自慢げに言われても困るのだが、高橋は黙って聞いておく。


「はじめんが戻るのは爆発のあった3秒後です」

「なんで3秒後?」

「鉄板というものが爆風で飛ばされたそうです」

「ああ、確かに。あのあたり、鉄板が敷いてあったな」

「それが飛ばされたので、3秒後でないとはじめんが死んでしまうのです」

「ははぁ、なるほど。俺は吹き飛ばされた鉄板の下敷きになってしまうのか」

「そうです。はじめんがつぶされてしまうので、3秒後なんです。鉄板が鉄板がうまいことはじめんのいた壁に突き刺さりますから」

「うわ、えっぐ」


 思わず想像した高橋は、とんでもない大惨事にぞっとした。


「そんなわけで3秒後です」

「わかった」


 高橋はこくんとうなずいた。


「この世界がちゃんとしたら、はじめんを招待してもいいですか?」

「そりゃあもちろん。俺だってこの世界を自分の目で見てみたいよ」

「はい。はじめんに私の好きな世界を見てもらいたいのです」

「うん。楽しみにしてる」

「その時には、はじめんが話していた海鮮丼を食べさせてくれますか?」

「海にたくさん魚がいたらね」

「はい。はじめんの世界のように海にたくさんの命を蘇らせておきます」

「楽しみに待ってる」


 高橋はパソコンをオートモードに設定すると、そばにいた石人形の頭を撫でた。大きな一つ目玉を閉じて、石人形は高橋の手のひらを感じ取る。感覚共有ですべての石人形が高橋との別れを確認した。


「はじめん、では、その」

「じゃあ、アルさん。俺、元の世界に……」

「はい。いってらっしゃい」


 玄関の敷居をまたいだ高橋の姿がまぶしい光に包まれた。




 



「…………あ……」


 まぶしい光に目を閉じて、高橋が目を開けると知らない天井だった。


「えっと、ここ、どこだ?」


 高橋が目だけであたりを確認すると、たくさんのモニターが見えた。遠くに人影が見える。


「あ、高橋さん気づきました」


 そんな声がして誰かが近づいてくる。馴染みはないが、どう見ても看護師だ。どうやらここは病院らしい。


「高橋さん、バイタルチェックしますからそのまま動かないでくださいね」


 そんなことを言われたのでそのまま大人しくしていると、ベッドの脇に大きなビニル袋が見えた。中には見覚えのある作業着が入っている。


「これは、高橋さんの所持品です。でも、救急隊の人が処置のために切っちゃったからもう着られないけどね」


 噂には聞いていたが、本当にそうだったらしい。

 明日もう一度精密検査をして、異常がなければ明後日には退院できると聞いて高橋はほっとした。実家暮らしなので、親が迎えに来てくれるだろうけれど、とりあえず連絡を取ろうかとビニル袋からスマホを取り出そうとして高橋はぎょっとした。

 慌ててカーテンを閉めるが、パンツを履いていないことより衝撃的だった。


「石人形……なんで?」


 つかみあげると、なんと石人形の大きな一つ目玉がぱっちりと開いた。


『主、御無事で何よりです』


 高橋は慌てて唇に指をあてる。


『ご安心ください。私の声は主にしか聞こえませんから』

「そうなんだ」


 いや、よくはない。これでは人形相手に独り言を言うやばいやつだ。

 それにしても、石人形はあちらにいた時よりずいぶんとコンパクトになっていた。


『主のそばにいやすいサイズになってみました。それから私のエネルギーですが、主があちらで沢山魔物の肉を食べていたので、主の体にはたくさんの魔力が溜まっているので、こうやって充電させていただくことによって私は活動することができます」

「な、なるほど」


 高橋はこくんと頷いた。


『ちなみに、私のカメラは生きていますから、あちらのモニターにちゃんと映っていますのでご安心ください』


 言われて高橋はもう一度頷いた。


「大きな魚がさばけるように練習しないとな」


 そんなことを呟きながら、スマホを操作して心配しているであろう両親にメッセージを送るのだった。


――俺は生きてます。


 


 


 

長らくお付き合いありがとうございました。

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