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その1 なれとは恐ろしいものです


「でっかいダンゴムシみたいなモンスター」


 モニターに向かって高橋はブツブツと独り言を呟いた。高橋の作り上げようとしているダンジョンは全部で100階の予定だ。10階ごとにボスを配置して、勝たなければ先には進めない仕様になっている。レベル制度を導入したおかげで、無謀に先へと進む冒険者が減って助かっている。

 ダンジョン内で力尽きたとしても、死なない。ライフが0になるとダンジョンから放出される。今まで手に入れたアイテムは全て失うけれど、死ぬことは無い。ただしレベルは半分になる。その程度のペナルティで、しかも入場料が取られない。とあって冒険者たちには大変好評である。このシステムは、もちろん高橋が日本にいた時に遊んでいたゲームのシステムだ。家庭用ゲーム機のスペックが急速によくなったころ、パソコンでしか遊べなかった大容量のゲームが家庭用ゲーム機に次々と移植された。街をつくったり、惑星を作ったり、市長になったり、いわゆる作る系のゲームだ。その中でも高橋はダンジョンを作るゲームが好きだった。自作のダンジョンをネットの掲示板に貼り、挑戦者を募っていた。そう、高橋は日本ではゲーマーであり、ダンジョンマスターでもあったのだ。

 つまり、そのノリでこのダンジョンを作っているから、日本にいたころに見たことがあるゲームのモンスターや、よく見かけた昆虫なんかをダンジョンのモンスターとして配置しているのだ。


「なんですかそれ、きもっ」


 この世界の神様なのに、信仰心が0になってしまったせいでこの世界に神力を使えなくなった残念な神様アルトルーゼが、高橋の背後から素直な感想を述べた。


「きもって……」


 高橋が嫌味ったらしくため息をつけば、アルトルーゼは傷付いた顔をして床に倒れる。


「わ、私が悪いことぐらい分かってます。そんな下げずんだ目で見ないでください」


 最近では泣き真似までするようになったから、随分と神経は図太いようだ。まぁ、自分の世界の人類から信仰心0でも神なのだと名乗れるのだから、ある意味神経はかなり図太いのだろう。

 アルトルーゼは神力が使えなくて高橋のいるダンジョンに留まることになってしまった。本人がその辺をたいして悲観していないのが救いと言えば救いではある。そんなわけで信仰心を取り戻すため、アルトルーゼは高橋の作ったダンジョン内で地道な活動をしているのである。


 ――ピーンポーン


 軽やかな音がなり、アルトルーゼが慌ててモニターの前に座った。高橋とお揃いの机と椅子を石人形に作ってもらい、並べて置いてある。


「おお、今日はなかなか強そうな冒険者たちですね」


 そんなことを呟きながらアルトルーゼはモニターに向かっていつもの言葉を語りかける。いかにもベテランそうな冒険者たちは、特に話し合いをする様子もなく回復を選んでいた。アルトルーゼはモニター越しに神力を注いでいく。色々試した結果、ダンジョン内でだけアルトルーゼは神力が使えることが判明した。つまり、あの日アルトルーゼが一瞬光に包まれ飛べたのはダンジョン内であったからで、1階まで飛べたアルトルーゼは、草原のエリアに出て首をひねった。冒険者たちが戦っている先に宝箱を見つけてここがまだダンジョン内であることに気づき、外に出ようとしたところ、見えない天井にぶつかり50階の高橋の家まで落ちたのだった。

 それから高橋とアルトルーゼの共同生活が始まった。高橋はダンジョンを作りながら、アルトルーゼは信仰心が復活するように冒険者たちに語りかけた。


「10階のボスをランダムで出現させよう」


 高橋はそう決断し、モニターに3体のボスモンスターを並べた。巨大な馬のモンスターであるバトルホース、巨体でパワーが自慢のトロル、そして今しがた高橋が作った巨大ダンゴムシのモンスターだ。


「はじめん、この気持ちの悪い生き物はなんなのですか?」


 アルトルーゼが眉間にシワを寄せながら聞いてきた。


「これはダンゴムシだよ」

「ダンゴムシ?」


 名前を聞いてもアルトルーゼはピンと来なかったようで、首を傾げた。


「もしかして、虫を知らない?」


 思わぬ疑惑が生じて高橋は聞いてみた。


「そ、うですねぇ、300年ほどこの世界を見られていなかったので、色々と知らないことがあるかもしれませんねぇ」


 ちょっととぼけたように答えるアルトルーゼは、とてもこの世界の神には見えなかった。


「まぁ、大陸が2個も吹き飛んでるからね、色々とわからなくなっているよね」


 高橋がそう言うと、アルトルーゼがバッと両手で顔を覆った。


「そうなんですぅ、全部私が悪いんですぅ」


 そういってからの泣き真似までが一連の流れである。もういい加減見慣れたのでいちいちリアクションするのも面倒ではあるが、高橋が相手をしなければ他に誰もいないため、とりあえずは相手をしている。


「泣かないで、アルさん。これから布教していけばいんだよ。この世界のこと、少しずつ覚えていきましょう」


 言うなれば高橋だってこの世界のことをほとんど知らないのだ。ダンジョンに冒険者は入ってくるけど、モニター越しにしか見てはいないし、会話も交わしてはいない。


「私の名前を教えなかったのは確かですが、私も自分の作った世界に無関心すぎました。虫の名前も魔物の名前も知らないんですから」


 アルトルーゼは落ち込みながらも高橋のモニターをじっくりと見つめた。モニターの中でモンスターたちがそれぞれのアクションを繰り返している。


「もしかして、このバトルホースは畑を耕しているあの馬ですか?」


 アルトルーゼは驚きながら窓の外を見た。向こうの畑を大きな馬が農耕器具を引っ張って耕している。その背には石人形が乗っている。とは言っても、その光景は高橋から見ればハムスター並の大きさでしかない。


「アルさん、アレが見えるの?」

「ええ、見えますよ。はじめんは見えないのですか?」

「うん。俺の視力1.2だし」

「視力……とはなんですか?」


 意外なところに引っかかってきたので高橋は戸惑った。


「身長や体重はわかりますが、視力とは、どのようにして測るのでしょう?」

「視力っていうのは目がどのくらい見えるかってことなんだけど、この世界、メガネってあるの?」

「メガネ、ですか?それは顔に装着するものなのでしょうか?」

「ああ、うん、そうなんだけど。ええとね、こんな感じ」


 手っ取り早く高橋はモニターに映し出した。男性の兎獣人に丸いメガネをかけさせた。


「この顔についているガラスのことをメガネって言うんだ。視力を補強するアイテム。ものが見えずらい人が使うんだよ」

「なるほど。言われてみれば見たことがあるような気がしますね。でも、貴族とかなにかお金を持っていそうな感じの一部の人が使っていたような気がします」


 アルトルーゼの話を聞いて高橋は納得した。ガラスを加工する技術の問題なのだろう。その技術は地球とは違い魔法の技術と思われる。おそらく、300年ほど前の大戦でその技術を持っていた魔法使いがいなくなってしまったのかもしれない。なにせ、今のところメガネをかけた冒険者を見たことがないからだ。


「透明なガラスを作るの難しいもんなぁ」


 透明な上にガラスを加工して焦点が合うようにするのはなかなかの技術が必要だろう。おそらく庶民には手の届かない高級品だと思われる。


「まぁ、冒険者で目が悪いとか致命的な欠点だよな」


 魔物と戦うのに、視界がぼやけていてはものすごく危険である。


「異世界あるあるでみんな視力が2.0以上あるんだろうな」


 高橋の独り言にアルトルーゼは全く気づかなかったようで、いつの間にかにモニターの兎獣人を実体化させていた。


「このメガネというものがないと物が見えないのですか?」


 そうして勝手に話しかけ、メガネを奪ってしげしげと眺めていた。


「ちょっと、アルさん何勝手なことしてるの」

「メガネが気になったんです」


 そう言って自分にもかけてみて、あちこちを見渡している。


「ああ、もう。彼が困ってるでしょ」


 高橋は慌ててアルトルーゼからメガネを取り返し、兎獣人に返した。


「ごめんよ。アルさん色々知らないことが多いんだ」


 高橋がそういうと、兎獣人は左右に頭を振った。


「あ、えと、しゃべれるよ、ね?」

『……はい』


 ものすごく小さな声で返事をされて、高橋は自分がやらかしたことに気がついた。


「うわぁ、キャラ設定してなかったわ」


 今まで作った獣人たちは、ダンジョン内で販売員をやらせるために陽キャに寄せて作っていた。でもこの兎獣人は、ただ単にメガネを説明するためだけに作ったため、なんのキャラ設定もしていなかった。そのせいで陰キャメガネになってしまったようだ。


「ああどうしよう」


 高橋は悩みに悩み、そうして答えを出した。


「あそこのカフェで給仕をしよう。服装もなんかギャルソンっぽいし」

『かしこまりました。マスター』


 高橋は職業設定をした兎獣人と一緒に、カフェに向かった。そこでは石人形たちがダンジョン内で販売するお弁当を作っていた。なかなか好評らしく、先に作った獣人たちは忙しそうにワゴンにお弁当を詰め込んでいる。


「みんな頑張ってくれてありがとう。新しい仲間だよ。仲良くしてやってくれ」

『『『はーーい』』』


 元気よく返事をされて、高橋はご満悦だった。


「ここは50階だから、冒険者が来るまで時間がかかるかと思うけど、石人形と仲良くしてくれよ」

『はい、マスター』


 控えめな声で返事をすると、兎獣人は石人形の方に行ってしまった。


「はぁ、こんなに設備を充実させたのに、だれも来ないとか勿体無さすぎる。早く誰か来ないかなぁ」


 カフェを出て、高橋は空を見上げながらそんなことを呟いた。


――ポーンポーンポーン


 聞いたことのない音が鳴り響いた。


『主、このフロアに侵入者が現れました』


 石人形の無機質な声が聞こえた。


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