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【再掲】魔獣の国に嫁ぎました  作者: 重原水鳥
短編形式投稿時の作品群
6/8

その頃のアズワンド王国

 宰相という役職をアズワンド国王より拝命しているニコラス・マクドナルド侯爵は頭を抱えたくなるのを耐え廊下を歩いていた。目指す先は国王のいる執務室だ。


(なんでそんなことになった!)


 この国で宰相は一人ではない。宰相というのは、『宰相部』と呼ばれる部署ではたらいている者に使われる名前だ。マクドナルド侯爵はそんな何人かいる宰相の一人だ。宰相は国に関するさまざまな雑務を取り扱う。それぞれ担当が決められていて――――例えば外交担当の宰相、王城問題担当の宰相、商業担当の宰相など――――仕事をしているのだが、マクドナルドは所謂“はずれクジ”の仕事をしていた。つまりその担当とは、


 ロレイン第三王女の後始末担当の宰相。


 ということだ。


 ロレイン第三王女、名前の通り三人目の王女であり、国王の子供としては五人目の子供である彼女は、大大大大問題児なのだ。彼女は王族としては致命的に頭が弱かった。いや、バカではないはずで、王族としての幼少期の教育はむしろ優秀だったハズなのだが。気付けばダメ王女になっていた。


 何がダメかというと、恋愛願望が強く、次から次に別の男に恋をしたのだ。

 遊びだったらまだよかった。だがなんとロレイン王女は、すべて、本気で、恋をしていたのだ。


 救いは体の関係はないことだろうか。王族として、体を交わすのは配偶者だけであるという考えは染みついていたらしい。おかげでボコボコ子供が生まれる、という最悪のパターンはなかった。

 だがそれはさておいても、ロレイン王女は問題児であることに変わりはない。止めろと言っても聞かず、次から次へと恋をする。そしてそれを隠す気もない。


 最初のころは本当に大変だった。ロレイン王女を利用して王族に近づこうという者もいたし、そうでなくとも純粋に理不尽に捨てられたことを怒る貴族もいた。下手に外に出せば今度は平民に恋をする、というか実際に一度使用人と恋に落ちたりもした。その時は幸い王族に逆らおうとするタイプでもなかったので助かったが、それ以降ロレイン王女は社交界しか外に出してもらえない。その上社交界は必ず国内の人間しかいないものだけだ。国外のものと恋になんぞ落ちたら大変だ。


 しかしそれだけ問題を起こしても、決定打にはならない。


(除籍は無理でも、臣籍降下できればいいのに……)


 アズワンド王国には王族を裁く法律も一応あるが、それはよほどまずいことをしたときにしか通じないものであるためにロレイン王女を裁くことは出来なかった。

 よって仮にも王族である彼女を、宰相たちは頭痛に悩みながらフォローして回るしかない。下の者から見れば王女が王族であることには変わりがないのだ。彼女の失態は半ば王族の失態となる。

 国王はロレイン王女より上の他の王子や王女がしっかりしていることもあり、彼女の行為をスルーしている。おそらくだが、丁度良い相手が見つかるや否や、ロレイン王女の意見などすべて無視して強制的に嫁がされることになるだろう。国外には出せないから、若い後妻を求めている貴族辺りか……。


 今ではアズワンド王国の社交界でロレイン王女の存在は有名で、大抵の男は声を掛けられても一時的なものだと割り切って対応をしている。仮にも王女を突き放すことは出来ないため、仕方ない措置と言える。毎度毎度謝罪やらなにやらで走り回るのはマクドナルドだ。


 そんな問題で頭を悩ませている時に、予想しないことが起きた。


 久方ぶりに、王女の恋に本気で答えてしまった(バカ)が現れたのだ。その男は伯爵の跡継ぎだった。あまり裕福ではないようで、社交界に出る回数も少なかったらしい。そのため運の悪いことにロレイン王女の悪癖(ただし本人はあくまでも本気)を知らず、本気にしてしまった。

 男には婚約者がいたのだが、信じがたいことに彼は婚約者と婚約破棄をして王女と一緒になるつもりでいるらしい。マクドナルドが実際に会ったのは二回だけ。婚約破棄をする、と王女と共に意気込みにきた時と、それに必要な王命の書状を渡した時だ。


 何故そこで王命の書状が出てくるのか。王族がかかわっていない婚約であれば、あくまでも家同士個人同士の繋がりであるため王が記した書状などいらない。



 この時、男の婚約者だった令嬢には死ぬほど間の悪いことが王国には起きていた。



 ◆



 悪いこととは何か。

 一つは、長年あまり親しくない下のオッガーサ王国が戦争準備を整えている情報。しかもかなり本気らしい。これによって、アズワンド王国は数十年ぶりに戦争を行うべく準備を整える必要が出てきた。

 それだけならばロレイン王女の問題には関係がなかったのだが、そこにさらに問題が発生した。


 魔獣の国の動きが怪しい。なにやら不穏だ。


 山脈を超えて空を飛ぶ魔獣が増えたのだという。

 アズワンド王国は大きな国だ。とはいえ、オッガーサ王国に攻められ、同時に魔獣の国から攻められでもしたら耐えきれる訳はない。


 宰相部をはじめ大問題だと大騒ぎになった。


 なにより、魔獣の国に襲われればただでは済まない。

 どうする、と騒ぎが広まる中、だれかが言った。


 生贄を差し出せばいいのでは? と。


 この案はすぐ様採用された。

 周囲への体裁のため、生贄は「嫁」と言い換えられて、これで許してくれという意味も含めてすぐさま書簡が作成された。誰を生贄にするのか、ということも決まっていないのに。

 書簡を届ける使者たちもすぐに集められ、出発した。…………のだが、なんとその少しあと。


 使者たちの遺体と遺品と共に、「嫁を貰おう」という書簡が届いた。


 大事件だ。

 使者を問答無用で殺すなど、人間社会ではほぼ「戦争しようぜ」とイコールなことだ。

 しかも山脈に魔獣は飛んでいるというし、唯一魔獣の国へとつながる「地獄への穴」と呼ばれるトンネルも埋まっていた。


 実は山脈を飛び回っていたのは使者の遺体やら遺品を集めるためであって。地獄への穴と呼ばれる通路が埋まっていたのは自然災害のせいだったのだが。そんなことは露知らず、人間たちは勘違いを加速させていった。

 魔獣たちは本気でこちらを攻めようとしていたのだと。

 しかしなぜかこちらか提示した内容を受ける書簡が来たという事は、使者を殺した後に気が変わったのかもしれない。


 ともかく。魔獣が嫁を貰う気でいるのなら、その嫁を用意できなければ使者たちのような状況になるのは、次は自分たちだ。宰相部は震え上がり、必死こいて嫁を探し始めた。

 しかし下手な人間を魔獣の国には送れない。平民をたくさん集めるのも反感を買うだろう。つまりある程度教育はされている人物、貴族の娘が対象になったのだが、だれが好んで差し出すというのか。しかも事が事であったため、大々的には探せず「嫁」は水面下で探すしかなかった。

 そんな、時だった。


 ロレイン王女の恋人である伯爵子息が、伯爵令嬢(ファリダ)に婚約破棄をすると言い出した。



 ◆



あの伯爵令嬢(ファリダ)も運が無かった……)


 これを見逃す宰相部ではない。この際、本気でロレイン王女と結婚するつもりでいる伯爵子息のことはスルーだ。本当に結婚してくれるなら問題児を引き取ってくれてありがとう。そうでないにしても国を救うチャンスをくれてありがとう。

 すぐ様国王に、ロレイン王女の悪癖によって王族への印象を悪くさせないため、という理由付けをして許可をもぎ取り、そして哀れな伯爵令嬢ファリダ・ミゲル・コンデには魔獣の国へ嫁ぐ(いけにえになる)事が通達された。

 裕福でもない伯爵家の娘であったこともあり、すぐさまその要望を呑むことが伝わった。その連絡がくる前から既に宰相部は魔獣の国へ「嫁を届けたい」という書簡が届けられていた。今度は「地獄への穴」は復活していた。名前は「地獄への穴」なのだが、この書簡を届けた使者は「天国への道かと思った」と後に回想している。コンデ家から娘を嫁に出す承諾が届いた時には、気絶した使者(間近で見る魔獣に驚きすぎた)と新たな書簡が届いた。

 中にはこの日付に嫁を迎えに行く、という文章が書かれていた。



 ◆



 そうして一人の伯爵令嬢が(いけにえ)になって、四か月後。ロレイン王女がついに別の男に心変わりをした。最長記録を更新だ。最短は一日と持っていないので考えない。

 相手はヘーロン伯爵。伯爵は王女より二回りも年上で子供もいる男やもめだ。当然、王女の恋を本気にはしない。上手くいなして対応しているようで感謝しかない。


 一方、捨てられた伯爵子息は必至に王女に縋りついた。ここ最近見ない光景であったので―――貴族などは大半が王女の性格や悪癖を知った上で対応しているため縋ってきたりしないのだ―――半ば懐かしさを感じながら、兵士に命じて対応した。捨てられてからひと月は子息も必死に縋りついてきたが、さすがに無理だと諦めたようでここ最近は姿を消していた。


 だがさらにひと月と半月、伯爵令嬢(ファリダ)が嫁いでから半年と半月が経った頃、再び王宮に入ろうとして姿を現した。

 調べさせたところ、どうやらロレイン王女にフラれた後に新しい婚約者となる人物が見付からなかったらしい。知らぬ間に婚約破棄の話が広まっていたようだ。その噂はマクドナルド侯爵も知っている。幸いなことに噂の中で王族の影は薄く、伯爵子息および彼の生家があまりに薄情だという話のようだったので王宮側も無視していたのだが、どうやらそのツケが回ってきてしまったようだ。結局、新しい花嫁を手に入れられなかった伯爵子息はロレイン王女へと戻ってきたのだ。

 しつこく食い下がってくる子息の対応に困っていた処、再びロレイン王女の恋する相手が変わった。

 その相手が大問題だったのだ。



 なんとロレイン王女はほぼ確定で近い将来敵国となるオッガーサ王国の王太子に恋をしたのだ。



 数日前、オッガーサ王国から使者として王太子を筆頭として五十人ほどの使者団がアズワンド王国の王宮に足を踏み入れた。

 手紙の中身は領地返還を求めるものだ。これがオッガーサ王国と長く争い続ける原因だ。その土地は豊かな土地で、産業も盛ん。喉から手が出るほどほしい場所なのだが、そこをアズワンド王国とオッガーサ王国は長いこと取り合っている。ここ百年と少しはアズワンド王国のものであるが、その前はオッガーサ王国の土地だった。しかしその前はアズワンド王国で…………とどこまでも遡れるのだ。

 当然アズワンド王国側はこの要求を却下した。オッガーサ王国の王太子もすぐ帰っていったのだが……。


(いつだ、一体いつ王太子と会った!)


「わたくし、クリストフ様(王太子)のお嫁様になりますわ」


 キラキラと輝く瞳で言うロレイン王女を殴らなかったことを誰かほめてほしい気分だった。過去の経験からマクドナルド侯爵の言葉が彼女に届くのは、彼女の望みを叶えた時だけだ。となれば今ここでそれが不可能な理由を述べた処で王女は聞かないだろう。

 適当に言いくるめ、マクドナルド侯爵は速足に国王の元へと向かう。


(今度こそ、あの王女も終わりか……?)


 ロレイン王女はもう十七、嫁がせてなんの問題もない年齢だ。彼女がいなくなってくれればマクドナルド侯爵ももっと有意義で出世に役立つ仕事が出来る。ロレイン王女(はずれクジ)担当して(引いて)もう四年だ。そろそろ解放されたい。

 そんなことを思いながら、マクドナルド侯爵は国王の執務室へと入っていった。

◆マクドナルド侯爵

 王宮の宰相部という部署で働いている。ロレイン第三王女(の起こす問題処理)担当の宰相。いつも頭が痛い。


◆ロレイン王女

 アズワンド王国第三王女。子供としては五番目。末っ子ではない。(国的に)やっばい人に一目ぼれをしてしまった。妻ではなく嫁になりたい、といっている辺りが残念な人。


◆伯爵子息

 ロレイン王女に惚れられ、婚約者だった伯爵令嬢を破棄した。タイミングが良すぎる(最悪すぎる)ことによりファリダの魔獣の国行きが決定した。もう一回ロレイン王女に戻ってきたが、まさかすでに相手が隣国の王子に恋しているとは思ってない。


◆伯爵令嬢

 ファリダ。彼女にとってはタイミングが神がかって最悪だった。本人的にはその後幸せだったので気にしていない。



◆魔獣の国の魔獣の皆さん

 壊滅的に意思疎通が出来てないうえにすれ違った。

 そもそも、一番最初の攻めようとしてるのでは!? という勘違いの大本は魔獣が山を飛び回ってることだったが、これはたまには違う場所を飛んでみたいというかるーい気持ちによるもの。とんでたやつらは何も考えてない。攻めようとしてる~というのは完全に被害妄想。<四百年前の大災害>のせいで必要以上に恐怖心が根付いていて、そこから発生した噂。

 「地獄への穴」が埋まっていたのは魔獣の国の雨季の雨による土砂崩れ。ただの自然現象。魔獣の国側も知らなかった。

 使者が死んだのは三兄弟うち二人が悪いが反省はしてない。これは魔獣の国側の不手際。

 遺体と遺品を送ったのは善意のつもり。怖がらせる気はゼロ。

 嫁を貰うって返信したのは人間側が嫁を送るっていったから。意訳は「そっちの望みを飲むよ」だったので嫁にこだわりがあった訳ではまったくない。

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