妹が魔獣の国に嫁ぎました
私の名前はレイナ・N・アルベルト。アルベルト次期伯爵であるライハンの妻である。旧姓はコンデ。コンデ伯爵家の長女として生まれた。
私たちの住むアズワンド王国は簡単に言うとピラミッド社会だ。どこの国にだって階級ピラミッドはあるだろうが、その傾向がかなり強い。
人間のピラミッドは『王』、『王族』、『貴族』、『平民』という順番でピラミッドが構成されている。基本的にはここから出ることはない。よほど大きな成果を残せば上の階級に上ったり、或いは上の階級と同等の扱いをされることもあるが、それは稀だ。戦争などが起きる時代であれば度々あったようだけれど、ここ数年は戦争もなく平和なので、変動もほぼない。
その『貴族』の中にはさらにピラミッドがある。上から『公爵』、『侯爵』、『伯爵』。そして枠の中になんとか片足を乗っけている『子爵』、両手だけでぶら下がっているような状態の『男爵』と続く。後者二つは、爵位のある平民と言われている。しっかりと貴族扱いをされるのは伯爵からだ。
さらにピラミッドは続く。ここでは私が暮らす『伯爵』で説明するが、ざっくり『上流伯爵』、『中流伯爵』、『下流伯爵』の三つに分かれている。流石にこの先ははっきり分かれている訳ではなく、互いに主観で上下を判断することになるが、この三つの階層あたりまではわりと客観的に「こうである」とされている。
さて。アルベルト伯爵家はどこか。『上流伯爵』だ。その中でも上のほうだろう。
ではでは。コンデ伯爵家は? 『下流伯爵』の中でも下の部類。
つまりは生まれたのは下の下で、嫁ぎ先は上の上ということだ。
とんだシンデレラ・ストーリーである。
私は別に特別美しい訳ではない。不細工でもないと自負してはいるが、それだけだ。勿論ライハンの妻になるに当たり、そしてなった後も、できる限り「自分」という存在が傍目から見て綺麗に見えるように努力はしているが、基の素材はよくて中の上といった所か。頭だって普通だ。特別良い訳ではない。物語の主人公のように特別な力だって持っていない。
そんな私が何故アルベルト伯爵家に輿入れしたか。ライハンに気に入られたから、としか言いようが無い。まあこの辺りは今回の話には関係ないので割愛しよう。
さて。関係があるのは妹のことだ。私の定位家族であるコンデ家は四人家族。父、母、私、そして妹だ。
妹のファリダは私と同じで特別美人ではないけれど、笑うととても可愛い。四つ離れていて、いつも「お姉様お姉様」と私の後ろを歩いていた。
下の下という家柄とは言え、家族四人が暮らすのには十分裕福だったコンデ家。他の伯爵の家と比べても小さなお屋敷には数えられる程度の全員の顔と名前と家族を把握出来る使用人しかいないけれど、十分に幸せな生活を送った。
私にライハンが出来たのとは少し経緯は違うが、ファリダには婚約者がいた。名前? こんなやつ、「あの野郎」で十分だ。あの野郎は家族ぐるみで仲の良い伯爵家(ちなみに階層的には中の下から中の中ぐらいなのでコンデ家よりも上)の長男坊だったので私もよく知っている。ファリダと同い年で、小さい頃から三人でよく遊んだものだ。あの頃は可愛がっていたし、良い子だと思っていた。実際はとんでもない野郎だったが。……ゴホン。ともかく婚約者がいて、お互いに結婚年齢に達したら結婚することになっていた。
この国での結婚年齢は男性二十歳、女性十六歳だ。なので同い年だったファリダたちは、あの野郎が二十歳になるまで結婚できなかった。なお成人年齢は別だ。男女共に十八歳が成人となっている。結婚年齢になるのを待っていたある日。ファリダとあの野郎が十八歳になった、ある日。とんでもないニュースがアルベルト家に転がり込んできた。嫁いでしまっていた私は少し情報を手に入れるのが遅れてしまった。
なんとあの野郎が、王女様に見初められたのだという。
通称、「一目ぼれ事件」。
これが元凶だ。いや……この事件があったとしても、他の流れにすることは出来たはずだ。やはりあの野郎が悪い。何が悪いって、確かに王女様に見初められるなんてとんでもないことだろう。逆玉の輿だろう。とはいえ、我が家……コンデ家とあの野郎の家の付き合いも長い。更にあの野郎と妹ファリダが婚約者となったのはもう何年も前。ファリダはあの野郎が結婚年齢を満たすのを待っていたのだ。だというのに。だというのに、あの野郎は! ファリダとの婚約を破棄したのだ! 王女様という存在に目が眩んで、ファリダを捨てたのだ!
それだけだったらまだ許した。いや嘘だ。許さないけど一発殴るぐらいで我慢しただろう。だがあの野郎はそれだけではすまなかった。
婚約破棄の場に私は居なかった。だから伝聞でしかないが、なんとあの野郎は王女の肩を抱き寄せながら、つらつらとファリダの悪事とやらを言って行ったらしい。だが実際はそんなことはない。悪事の内容の多くはファリダが王女を傷つけた、というものであったけれど、よくよく考えて欲しい。成人の儀ぐらいしか王城に入らないような最下層伯爵家の娘であるファリダが、どうやって普段王城で暮らしている王女を傷つけるというのか。手紙や贈り物だって、厳しい検査が間に入って始めて王族の元へ届けられるのに。つまりはちょっと冷静に考えれば、全て嘘でしかないことが分かる。
……ファリダもお父様もお母様も何も言い返せなかったという。それはあの野郎の直ぐ傍に王女様が居たせいだ。王女様自体は終始あの野郎をうっとりと眺めていただけで、婚約破棄自体にもあまり興味が無い様子だった、とはその場に居合わせた我が家に勤めて三十年、(一人しかいないから仕方ないのだが)執事長であるハワードの言葉だ。興味がないならこなければ良かったのに。
婚約破棄はそれだけではすまなかった。なんと、王命でファリダに実質国外追放の命が下ったのだ。
行き先は魔獣の国。魔獣に嫁げという命令。
聞いたとき頭が真っ白になった。
魔獣の国はアズワンド王国、いや、この大陸で知らない者はいないだろう国だ。北東に連なる高い高い山脈。その向こう側には、とてもとても恐ろしい魔獣が数多暮らしているという。人間にはとても越えられないこの山を、魔獣はたまに越えきて山脈の外の世界に進攻してくる。
アズワンド王国に直接的に関わるもので言えば、例えば<四百年前の大災害>がある。山脈を越えて、大きな大きな白い魔獣が現れた。魔獣はヤギに似ているだとかオオカミのようだったとか諸説あるが、はっきりしているのは当時、アズワンド王国は対策という対策を打つこともできないまま、突如魔獣が帰るまで国が蹂躙されたということだ。数多の兵士が魔獣へ向かい、足のひと薙ぎによって死んだ。<白の巨獣>と呼ばれているこの魔獣はアズワンド王国にとっては死の象徴だ。それは四百年経っても変わらない。時折、山の向こうから自然ではないだろう声が響くという。それは<白の巨獣>の声だと人々は噂する。子供が悪いことをすれば「ほら、<白の巨獣>がくるよ」と、定番の文句が使われる。
そんな。そんな、場所に。ファリダが。あの子が。
確かにファリダは普通の令嬢と比べればお転婆な子だ。令嬢としてのマナーはしっかりと弁えているし、場所を弁えることだって出来る。ただそうしたことは好きか嫌いかで言えば嫌いで、庭を走りたいようなタイプの子だ。確かにそうだ。だが、だが。
聞いた時、私は倒れた。そんな私をライハンが受け止めてくれたが、事実は変わらない。
「お姉様。ファリダは魔獣の国へ行きます。どうかお元気で」
ファリダの輿入れの日は直ぐだった。前々から準備をしていたのかと言いたくなるぐらい、婚約破棄の一件からすぐだったのだ。少しでも早く、ファリダを追い出したかったのかもしれない。
その見送りのため、里帰りをして久々に会ったあの子は、晴れやかな笑顔でそう行った。魔獣の国ではなく、別の国に逃げてはどうか。そう口走りかけた私の口をあの子は押さえた。言葉より体が先に動くところも、昔からちっとも変わらない。
お母様もお父様も、泣きそうだった。私は泣いた。ファリダと抱き合った。
「お姉様とお義兄様の子供を抱けないのが心残りですね」
それはつまり、生きては帰ってこれないと考えているということで。嗚呼どうしてこの子がこんな目にあうのか。背も伸びて、大きくなった体を抱きしめる。そしてあの野郎は、殺す。いつか殺す。と誓いながら、魔獣の国からの使者を待った。
その使者は私たちの度肝を抜いた。里帰りにはライハンも付き添ってくれたのだが、空いた口がふさがらない状況だった。
やってきたのは六人ほど入れそうな馬車一台。馬車だけか、と思う暇もない。
まず目に飛び込んできたのは馬車を引く馬だ。通常このサイズの馬車であれば、馬を二頭ずつ二重に並べて引いたりする。だが、使者の馬車を引いているのは一頭だけだ。この一頭が驚きだ。サイズとしては、普通の馬より二回りほど大きい。発達している筋肉などだって、つい里帰りをするときに乗った馬車を引いた馬を思い返したが、比べるまでも無いぐらいに盛り上がっている。しかし体のバランスが崩れることはなく美しいといって問題はない。その上、額から長さ一メートルはあろうかという角が生えているのだ。螺旋を描くような模様の角をはやしたその馬は、たった一頭で、御者もなく、馬車を引いて現れた。
その馬車から降りて現れた、使者だという人物もまた凄かった。一人しか使者がいないなど、馬鹿にされているようだったが、やはりそこまで頭を回す余裕はない。
羽が生えていた。背中に、しっかりと。鳥のような羽が。薄茶色というのか、淡い色彩の羽。鳥よりも大きなそれは、広げられていない状態ではあるが大きいことがわかる。
そんな人物が突然現れてどうなるか。何もいえなくなったのだ。
私もお父様もお母様もライハンも、コンデ家の使用人たちも。当事者であるファリダも。微笑んで何かを言ってくるこの人物に何も言い返せず、「ああ」「はい」を繰り返す機械となった。
辛うじて我に返ったのは、出発するといって馬車にファリダが乗り込もうという時だ。最後の別れ、一生の別れ。家族みんなでファリダの体を抱きしめた。何度抱きしめたって足りない。だってこれから先、二度と抱きしめることは出来ないのかもしれないのだから。
「――――行って参ります」
そう言って、ファリダは行ってしまった。
◆
ファリダに汚名が被せられた後、当然ながらコンデ家も貴族の中で浮いた。しかしそこは下流伯爵。お母様もお父様も、社交界にはそもそも殆ど出てこないから影が薄く、コンデ家の汚名は一週間もすれば立ち消えた。王女様とあの野郎の恋愛模様の話は社交界を駆け巡ったものの、悪役ポジであるコンデ家が目立たない存在だったため、あまりドラマ性も生まれなかったようだ。
二人の熱愛に対して周囲の貴族たちの反応は「嗚呼、王女様、またか」というものだった。もっと騒がれそうなのに、どうしてなのか。そう疑問を持ったライハンがとんでもないことを教えてくれた。
この王女様というのが曲者で、どうやらかなり惚れやすい女なんだとか。流石に同時に二股をかけるようなことはしないが、目と目があったら恋に落ちるという感じで次から次へと人を好きになるんだとか。その上飽き性で一度飽きると二度と好きにはならない。
「俺も一目ぼれされたことあるんだよ」と遠い目をしていったライハンにぎょっとした。彼の時は一目ぼれをされた日の午後には別の伯爵子息に一目ぼれをしたので、問題は起きなかったそう。台風のようだったとライハンはこぼした。
そんな訳で社交界では王女様のことは当然有名だ。社交界にあまり顔を出さないような家の者は知らないが、しょっちゅう顔を出す人間は当然知っていることなんだとか。あの野郎とその家族はそれを知っているのか? おそらく知らないだろう。社交界は伯爵から上の者が参加できる場所だが、中流とはいえあの野郎の実家もそこまで裕福という訳ではない。大事な社交界以外は参加していなかったはずだ。
つまり、今は熱烈に愛し合っているがそう遠くない未来に破局する可能性が高いのだが、あの野郎たちはそれを知らないということだ。教えてやる義理など勿論ない。あの野郎の一方的な婚約破棄により、コンデ家とあの野郎の家のつながりは絶たれた。婚約破棄の際、あの野郎の家族はお父様にもお母様にも何も連絡を寄こさなかったのだ。下流伯爵家とは言え、そんな堂々と馬鹿にされて怒らないはずもない。数十年来の付き合いであったが、一瞬で断ち切れた。
まあそれはおいておいて。
すぐに立ち消えたとは言え、酷い汚名を被せられたことは事実だ。私は最悪ライハンに離縁されることも覚悟していた。けれどライハンも、義理の両親も笑って否定した。
「あの程度の噂、なんてことはないさ」
アルベルト家は全面的にコンデ家の味方だ、と言ってくれた彼らのなんと心強かったことか。
王族も、ファリダを大人しく魔獣の国へと送り出したために少しの間だったがついていた監視も消え、完全にコンデ家は以前と同じ、目立たない伯爵家に戻っていた。
私はファリダが居なくなって落ち込むお父様とお母様を元気付けるためにコンデ家とアルベルト家を往復しながら暫く過ごした。
婚約破棄、そしてファリダが嫁いで行ってから四ヶ月経った時、ついにそれはやってきた。
王女様とあの野郎が破局し、別の男性に恋をしたのだ。
偶然にも私はその場にいた。それは小さな社交界で、主催者はやもお(妻に先立たれた男性のことだ)であるヘーロン伯爵だ。参加者の殆どは伯爵。ヘーロン伯爵は上流の家系なので、一部付き合いのある侯爵家も来ていた。
ライハンはお義父様の代理で出席。私も当然付き添った。あの野郎の付き添いで王女様も出席された。王女様は一度ライハンに恋をしているのでほれることはないだろう。そこは安心だ。
そこで私は、確かに、生まれて始めて、人が恋に落ちる瞬間を見た。
あの野郎の横に立っていた王女様と、ヘーロン伯爵の視線が合った。その瞬間、王女様の瞳は見開かれ、頬は染まり。嗚呼、これは確かに一目ぼれだ、と思ったのだ。貴族社会で政略結婚など当然のこと。恋愛結婚などよほどの幸運が無ければ無い。だから、あれほど純粋な恋愛感情を見たのは始めてだった。
ヘーロン伯爵と目が合った瞬間から、王女様はあの野郎に見向きもしなくなった。ヘーロン伯爵は王女様より二回りは年上で、その上王女様の「惚れ性」も把握しているのだろう。どこか困った顔をしつつ、王女様に対応していた。度々あの野郎のことを指して、
「行かなくて宜しいので?」
などとフォローを入れてくれたが、王女様は聞いては居なかっただろう。
あそこまで熱烈な、ストレートな一目ぼれを見てしまうと、なんだか王女様を恨む心がしぼんだ。今まではあの野郎へ怒りを抱えるのと同じように王女様のことも怒っていたのだが、彼女の惚れ性も飽き性も偽りとか他人へのねたみとかではなく。ただ単純に、自分の心に純粋すぎるが故の産物なのだろう。
哀れなのはあの野郎たちだ。
今までは「少しでも一緒に居たいわ」と言って伯爵家に通ったり、王城へ招かれたりしていたのに、それが一切無くなった。王女様の興味が失われれば、周囲に群がって来ていた人間も散る。彼らの周りは閑散とした。
最初の一ヶ月はなんとか王女様からの関心を取り戻そうとした。しかし王女様のあの野郎への興味はゼロで、全く効果は無かったようだ。
流石に一ヶ月が経過して、まずいと思ったのだろう。あの野郎の両親は、別の婚約者を探そうとした。もしファリダが国内にいれば厚かましくも復縁を望んだかもしれない。だがファリダは魔獣の国へ行ってしまったのでムリだ。
なので別の伯爵令嬢を…………と考えたのだろうが、そこで彼らはことごとく断られるという現実に直面した。
これにはアルベルト家が噛んでいる。
あの野郎と王女様がラブラブだった四ヶ月間、アルベルト家は何もしていなかった訳ではない。同じ伯爵家として、王女に一目ぼれをされてしまって仕方なく婚約破棄するのは一万歩譲って仕方ないとして、しかし相手の令嬢に数多の汚名を被せて国外追放など、信じがたい所業に違いはない。そんな相手を信頼できるだろうか? 王女様でなくなったとして、また別の人間が現れたら? また彼らはそちらを取り、婚約者を捨てるだろう。そんなことを幾度もさせる訳にはいかない。
アルベルト家は、隠すことなくあの野郎たちがコンデ家ひいてはファリダにした仕打ちを広めた。話が広がることでコンデ家にかかる火の粉はあったが、当然アルベルト家が全部払った。なのでお父様もお母様もさほど気にしていない。
伯爵たちも、そして其の下の子爵も男爵も、あの野郎たちが何をしたか知っている。当然、そんな家に、そんな男に娘を嫁がせたいという人間はいない。一部の、本当に下の男爵などは差し出してもいい、と言う家もあるようだが、逆にあの野郎たちが切り捨てているらしい。お前が選べる側か、と突っ込みたくなる。
なお公爵や侯爵などは位が上すぎて逆に手を出さないだろうという判断から(むしろ出せたら凄い)特に話を広めてはいない。
結果、あの野郎たちは伯爵たちから総スカンを食らったのだ。
自業自得だ、ざまあ見ろ。
あの野郎たちがお父様やお母様に助けを求めようとしたこともあったらしいが、アルベルト家の人間によって当然追い出されたらしい。
精々、ファリダを地獄に追いやった罰を受ければいい。
◆
ファリダが嫁いで半年。コンデ家の使用人の一人が駆け込んできた。ファリダから手紙が届いたのだという。その連絡の直後現れたのは、輿入れの際に使者としてやってきた羽の生えた人物だ。なお女性らしい。輿入れの時は羽の衝撃がでかすぎて性別まで気が回らなかった。
馬も見当たらないと思ったら、自分で飛んできたのだという。始めて彼女を見たお義父様とお義母様が倒れかけた。
「ファリダ様からの手紙で御座います」
そう差し出された手紙は、確かにあの子の文字だった。
魔獣の国は思ったより怖くないこと。
夫となる人物も優しいこと。
自分は幸せであること。
その後に、自分のせいで家族が辛い目にあってはいないか、という不安が綴られていた。
「返信もお受けしますが」
ボロボロ涙を流す私に、羽の女性が言った。私は慌ててペンを取った。羽の女性は「一日、コンデ家におりますので」の言葉と共に飛び去って行った。
それから私はファリダが元気で安心したことと、いつでも帰って来ていいこと、また手紙では一切出てこなかったものの、一応知らせるべきだろうとあの野郎の現状を綴った。焦ってしまい何枚も紙や何個もペンをだめにした。
次の日手紙を持って実家へ行くと、羽の女性は確かに、と手紙を受け取った。それからお母様たちと話し合い、月に一回手紙のやり取りをすることになったことを聞かされる。
「あの、ファリダのことを……」
ファリダの様子を聞きたい、そういった私に羽の女性はあっさりと承諾すると、ペラペラと色々なことを教えてくれた。ファリダの夫が<白の巨獣>の息子であることには失神者が続出したりしたが、<白の巨獣>もファリダのことを気に入っているので不安がらなくていいことや、本当に元気に生活しているらしいことを聞き安心する。
そして羽の女性は次の日、翼を広げると――――ちなみに羽はかなり大きかった――――颯爽と飛び去って行った。
◆
しかしまあ、確かにファリダは私の子供を抱きたいとは言っていたけれど。まさか本当に、甥の顔見たさに夫(ここ重大)と共に里帰りしてくるとはこの時の私は思ってもみなかったのだ。
◆レイナ・N・アルベルト(旧姓コンデ)
ファリダの姉。妹よりも貴族適正は高いが、口は妹よりも悪い。心の中でしか言わないけど。
◆ライハン・アルベルト
レイナの夫。アルベルト伯爵家の次期当主。
◆ハワード
コンデ家の執事長。執事は彼しかいないので部下はいない。務めて三十年。
◆ヘーロン伯爵
妻に先立たれた上流伯爵。王女様より二回りは年上。子供もいる。流石に王女様の恋愛を本気にはしていない。
◆ファリダ
レイナの妹。魔獣の国に嫁いだ。元気にやってる。
◆ファリダの夫
<白の巨獣>の子供。出番なし。
◆羽の女性
ファリダの輿入れの際の使者としてやってきた。彼女が普通にいい人なのでコンデ家やレイナは安心した。人間社会の常識もある程度把握している。
◆<白の巨獣>
昔アズワンドに遊びに行った。アズワンドでめっちゃ怖がられてる。別に反省はしてない。
◆コンデ伯爵家
下流伯爵家。そもそも影が薄かったので、社交界で話題にでても「コンデ伯爵って誰?」となり、汚名の噂は僅か一週間で消えた。
◆あの野郎
絶賛独身街道まっしぐら。妹であるファリダの幼馴染兼元婚約者。
◆王女様
ヘーロン伯爵ラブ。
●アズワンド王国
北東に円形山脈があり、魔獣の国が広がっている。
●魔獣の国
めっちゃ怖がられてる。人間にとって地獄が広がってるとも思われてる。
●魔獣/妖精
人はめっちゃ怖がってるが悪意がある場合とない場合が半々ぐらい。半分ぐらいは悪意無く人間を怖がらせ、苦しめたりしている。マリアナ海溝なみに深い価値観の溝は埋まることはおそらくない。