目が良すぎるのも困りもの
思いつき一時間半クオリティ。ほんのり怖い?って程度なので、ガチホラー求めてる方には物足りないと思います。
一部のキャラクターを、知人からお借りしました。とはいえ、名前すら出てないので雰囲気だけのレベル。快く貸してくれた知人に感謝。
―――あ、また紛れ込んでら。
ぼんやりと、何気なく見回した休み時間の教室。そこかしこで塊になったクラスメイト達のざわめき。当たり前の風景の中にノイズが混じった気がして注視した先に、曖昧な輪郭の人影。
気付いてしまったソレから、不自然にならない程度にゆっくりと視線を逸らす。なんとなく、ああいうモノに気付いてしまったことを、向こうから気付かれてしまうとヤバい気がして。ほら、そういう話って、よくあるだろう?
最初に気がついてしまったのは、いつだったろうか。少なくとも、この高校に入学してからだとは思う。もしかしたら、中学以前にもアレはいたのかもしれないけれど、それはそれ。
異常なモノが、日常の風景に紛れ込んでいると認識してしまった、その時の、胃の中が凍るような、焼け付くような、そんな感覚をどう伝えたものだろうか。単なる「恐怖」とは言い切れない微妙な感情。普通でないモノを見つけた「興奮」と、アレはいったい何なのだろうという「好奇心」と……やっぱり、気付かれてはいけないという「恐怖」と。複数の温度差の感情を混ぜこぜにして、無理矢理に詰め込まれたような。
「なぁ、キヨー。午後の数学の課題うつさしてぇなー?」
過去に飛んでいた意識が、声をかけられたことで現実に戻ってくる。椅子から見上げた先には、気怠そうな眼鏡の友人。後ろ頭に寝癖が残っている。きちんとしたらイケメンだろうに、もったいない。
……いや、腹が立つだろうから、コイツはこのままでいいか。
「なに? カシは課題やってくんの忘れたの?」
「いや、やった課題忘れてもてな」
「ばっかでー」
しゃーないなー、なんて言いながら、机の脇に下げた鞄に手を伸ばす。傾いた視界は、ちょうど友人の身体の陰からちらりとアレが見える微妙な角度。意図せず見えてしまったそれに、思わず伸ばした指先が泳ぐ。
アレがいるのは、クラスメイト達が数人のグループになっている、その輪の中だ。さも己も友人達の一員だと言わんばかりに、紛れ込んでいる。
……そして、周囲の人間は、そのことに誰一人気付いていないのだ。ソレが隣にいることが当然のように、ソレが異常なモノだとは一切気付かずに、楽しそうに談笑している。知らぬが仏、と、こういう場合も使っていいものだろうか?
「キヨ? どうしたん、背中でも攣った?」
「……誰が年寄りか」
再び、友人の声で我に返る。危ない危ない。意識しないようにと思うのに、思うほど気になってしまってしかたがない。気付かれてしまったら、どうなるかも分からないのに。
その点、タイミング良く声をかけてくれた友人には感謝だ。意地悪せずに数学のノートを差し出すくらいには。
「ほらよ。数学の授業までには返せよ」
「おおきにー。またジュースの一本なり奢らしてもらうわ」
ひらひらと手を振って自分の席へと戻っていく友人を見送って、視線を外へと向ける。室内に目を向けるのは、ついついアレを見つめてしまいそうで恐かったから。早く休み時間が終わらないかなんて、遊び盛りの高校生にあるまじきことを思う。
ぼんやりと外の景色を見回して……―――ぎくり、と身体が強ばった。
窓ガラス越し、映り込んだアレの姿は、ほぼ真正面だ。
アレが、同じようにガラスに映った俺の姿に気付けば、俺がアレを認識していることがバレてしまう。
早く、視線を外さないとと思うのに、身体が動かない。眼球ですら。鼓動がだんだんと速まり、呼吸が荒くなる。騒がしいはずの教室内の音が、急速に遠ざかっていく。指先足先から冷えて、感覚がなくなっていく。
……金縛りって、こんな感じなのだろうか? 焦る感情とは裏腹に、妙に冷静な頭がそんなことを考える。考えながら、見てはいけないはずのソレを、じっと観察していた。
ふと、何か感じたように曖昧な人影が身じろぐ。その、顔が、ゆっくりと―――
「やぁ、キヨくん。君、目を開けたまま寝てないかい?」
「ぅひょわっ!?」
ひょいっ、と至近距離で視界を遮ったそれに、驚いて仰け反る。それと同時、寄せる波のように戻ってきた感覚に一瞬息をつめ、そしてそろそろと吐き出した。
意識的に瞬きを数回。まだバクバクと主張する心音を宥めながら、そこに立つ人を見上げた。
「……なんで此処にいるんですか『先輩』」
「ご挨拶だなぁ」
くすくす笑う声は、少しくぐもっている。と、いうのも、彼はその顔にお面を着けているのだ。白い狐面はどこで手に入れた物なのか、一般的なツリ目の鋭いものではなく、縦長楕円形の目をしたどうにもとぼけた印象の物だ。ペロリと舌を出した口元と相まって、小馬鹿にされているような気分になる。
彼は、この高校では知らない人がいないくらいの変人だった。
変人なのだが、どうにも憎めない人柄というか、だいたいの生徒も教師も「まあ『先輩』だしな」で済ませてしまう、不思議な人でもある。初見はぎょっとするのだが、すぐに馴染んで、そこにいるのが当たり前になるというか。そう、まるで……―――
呆然と見上げる俺に、「先輩」は首を傾げる。それから、ああ、と頷いて、ゆっくりとその手をこちらへと伸ばした。
「キヨくんはさぁ、ちょーっと目が良すぎるよねぇ」
「ぅ、ぁ……」
柔らかく頭に添えられた両手は、温かくも冷たくもない。人肌というのではなく、温度を感じない。
覗き込むように近づいてくる狐面は、いつもと変わらないとぼけた顔をしているというのに、そののっぺりと塗られた楕円形の黒目が、やけに不気味で。
「良すぎるのも困りもんだねぇ。しばらくは閉じておくといいよ」
「ぇ、うわっぷ!」
急にぐしゃぐしゃと髪を掻き回されて、思わず目をつぶる。撫で方が子供扱い……というより犬猫にする感じだ。ちょっと雑で頭皮が痛い。でも、さっきまでの妙な緊張感は拭われて、ゆっくりと身体が弛緩した。
何か、恐ろしいことを考えそうになったけれど、きっと気のせいだ。そう思っておく方がいい。
「もうチャイム鳴るぞー、席に着けー!」
次の教科担当の教師が言いながら、黒板の前に立った。クラスメイト達がバタバタと自分の席へと戻っていく。俺の頭をぐしゃぐしゃにしたまま「先輩」も、じゃあね、とあっさり教室を出て行った。
教室の机はきっちりと埋まり、座る人影に曖昧なものはない。
「お前ら、もう三年生だからな。もう受験生なんだって自覚持てよー?」
今年度に入って、教師達から同じような注意をされるのは何回目だろうか。どこかうんざりとしながら、チャイムの音に慌てて教科書を取り出したのだった。
キヨ(清庭/きよば):主人公。ちょっと目が良すぎる。
カシ:関西弁の友人。キヨの目が良すぎるのに気付いて、ときどきフォローしている。「先輩」のことも知っている。
先輩:とぼけた狐面を着用。実は教師陣の中にも「先輩」呼びの人がいる。知人から承諾の上お借りしました。