レースとフリルとリボンと
王妃から仕事の依頼が舞い込んで来ることを彼女はいつも楽しみにしている。
だって、アレンブルク王国王妃マリアベールは、自身の顧客の中でも最高の素材を持っている姫様だから。
腰まである毛ぶる豊かなブロンド。海の宝石のようなアウイナイトの瞳。小さく結んださくらんぼのような唇も愛らしい。
クロエ・テンプルの美の理想を具現化したマリアベールのドレスを手掛けることは彼女の至高の喜びである。
「テンプル夫人、ご機嫌よう」
王妃が現れただけで部屋の空気が一変する。ぱぁっと隅々まで光が行き渡るような―――。
(嗚呼、なんて愛らしいのでしょうっ)
軽く膝を折って頭を垂れる仕草に彼女は悶絶してしまう。
「マリアベール様、この度はご指名賜りありがとうございます。また一段とお美しくなられて――――」
テンプルは頬を高揚させながら、そっと王妃の手の甲にキスの挨拶をしようとした。しかし、寸前でそれは阻まれる。
「生憎、我が王妃は忙しくてね。時間がないので急いでくれるかな?」
「ちっ。やはりご一緒でしたか。ユリウス国王陛下」
「舌打ちするでない。王に失礼ではないか。この変態ロリコン仕立屋よ」
「その言葉、そっくり陛下にお返しいたしますわ。私には関係ない言葉でございます。私はただ美しいものを愛でるのが好きなだけですのよ」
「ロリコンと言う定義は私には当てはまらない。私と妃が結婚したのは私が12の時なのでな。12の子供が子供と結婚したところで誰がロリコンと呼ぶだろうか」
同じ対象を溺愛しているはずなのに、なぜか反発し合う二人。会えばいつもこんな調子だ。
「ねぇ、二人とも何をお話しているの?ユリウス、ロリコンってなぁに?」
「マリーは知らなくていいことだよ」
「そうですわ。マリアベール様が知るにはあまりに下品な言葉ございます。このような言葉が陛下の口から出ること自体どうかと私は思いますけども。それよりも、さっ。私のデザインしたドレスを見てくださいまし!たくさんパターンを描いてまいりましたの。仮縫いしたものも何点かございますのよ」
パチンとテンプル夫人が指を鳴らすと、助手たちによって数点のドレスとデザイン絵画がマリアベールの前にズラリと並べられた。
その光景にキラキラとマリアベールの瞳が輝く。
「まぁ!なんて素敵なの!これ全部マリーのために?大変だったでしょう?」
「いいえ、もう楽しくて楽しくて。頭の中であれこれお着替えさせて頂いて……アドレナリンでまくり!筆が進んで仕方ないくらいでした。さぁ、どれがお気に召して?」
「そうねぇ」
―――――ひとつに決められないのだけど、と言いながら手にしたのは、ピンクを主体にしたレースとフリルとリボンがこれでもかとあしらわれたドレスだった。
「さすがマリアベール様!私もこちらが一番貴女様の愛らしさを引き立てるのではと思っておりましたの。そうそう、このドレスにぴったりのヘッドドレスもございますのよ」
「少し待て」
「ユリウス、マリーこれにするわ。どうかしら?似合う?」
「そのドレスを着たマリーが可愛いのは間違いない。しかし、お披露目晩餐会に身につけるには少し子供すぎるのではないだろうか」
こういう時、きゃあきゃあとはしゃぐ女性陣に割って入るのは無粋なことだとユリウスは承知している。ましてユリウスは一国の国王なのだ。12歳の王妃とは言え、そのドレス選びにまで口を挟むことは過保護が過ぎる。
しかし、今回は事情が違う。このまま黙ってピンク色のフリフリしたロリータドレスを承認するわけにはいかない。
王妃を初めて諸外国の来賓へ披露する大切な公式晩餐会。
これはマリアベールの外交デビューの晴れ舞台なのだから。
「ただでさえ王妃は幼いのだ。せめてドレスくらいは落ち着いた大人の装いをさせた――――」
「ユリウスってばヒドイ!!幼い幼いって私のこといつも子供扱いばかりして!マリーはもう12歳なのよ。一人前の大人なんだから!」
キャンキャンと子犬のように言われてもまるで説得力がない。
しかし、マリアベールがこうなのはユリウスを筆頭に王宮にも原因がある。城を上げて甘やかしてきたという自覚もある。
そもそもこの年齢まで彼女が好奇の目に晒されることを危惧して非公式の晩餐会にさえ同伴させなかったのだ。だから彼女が社交界へ正式に参加出来る年齢となる12歳がどのようなものか知らないことは仕方ないことでもある。
しかし、今回だけは甘い顔は出来ない。
最弱小国からのしあがってきた身だ。今さら対面など気にならない。が、あの魑魅魍魎の王族貴族の中でも彼女が傷つくことは避けなければならない。
「うんうん。マリーが立派な貴婦人なのはよーく知っているよ。俺はね?ただもう少し……ぁ、そう、このドレス。こちらの方がマリーの大人の魅力が伝わるのではないかな」
並べられたデザイン画から一番マシなものを指差すと、マリアベールはあからさまに気に入らないと言った顔を見せた。
「テンプル夫人もそう思わないか?マリーに似合うのはそのピンクのドレスだろうが、世界的デザイナーの夫人の目で王妃としての品と威厳を示すドレスを選んでくれないか?」
崇拝するテンプルのアドバイスなら聞き入れるはず。助けを求めるのは癪に障るが仕方ない。
ユリウスが目配せをすると、テンプルはニヤリと唇の端をつり上げた。
「そうですわねぇ。そこまで言うのでしたら」
真っ白のデザイン紙を机に広げると、テンプルは風のようにペンを走らせた。元になるのは先ほどユリウスが選んだドレスだ。メインとなる色は変わらない。深みを帯びた赤。そこへマリアベールがときめくディティールを加えていった。
「すてき……!」
あっという間に出来上がったデザイン画にマリアベールの頬が高揚していく。どうやら気に入ったようだ。
「ピンクのドレスのマリアベール様が見たかったのに……。ひとつ貸しですわよ」
「では、そのドレスも貰おう。私もそれを着たマリアベールも見てみたいからな」
なくても良かったかなという気がするお話。
ドレスを言葉で表すのは難しくて力つきました。
時間があれば絵で補足しようかなと思案中。
マリアベールの幼さと陛下のデレデレぶりを書きたかったのかもしれない。