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王妃の朝

 ―――――あれから12年の月日が流れた。


 ここはアレンブルク王国。

 国王の朝は早い。

 温かいままの寝台に身体を預けたまま、積まれた書類に目を通す。

 重要書類だけでなく、様々な計画の議事録や民からの陳情書、各部門の予算編成書、専門家の意見書までユリウスは確認する。

 ほとんどの王は有事の時以外、用意された書類に印を押すだけだ。

 しかし彼は違う。おかげですっかり人智のレベルを超えた速読術が身に付いてしまった。


 完璧な内部把握に、強力なリーダーシップ、そして天才的頭脳。


 それらが合わさった結果、アレンベルク王国はわずか14年で最弱小貧国から大国アルトリアと肩を並べるまでに成長出来たのだ。

 そう、あのアルトリア王国と、だ。


 この世界でも7つの指に入る大国アルトリア。広大な国土と豊富な資源を持つ国。そしてユリウスの隣で無邪気な寝息をたてる彼の妻が産まれた国でもある。





 正妃であり唯一の妃、アレンブルク王妃マリアベールの朝は遅い。

 太陽が昇りきる前に起きていることは、この12年で1度もない。そればかりか


「そろそろ起きる時間だよ。マリー、起きなさい」


 ユリウスが声をかけても1度で目を覚ますことも皆無である。


「マリー、朝だよ。起きなさい」


 身体を揺すってみるが、わずかに身じろぐだけ。


「マリー、マリアベール。すまないが、今日は遅寝出来ないんだ。さぁ、起きて朝食を一緒に食べよう」


 声を強め大きく身体を揺すると


「……やだ。まだ寝る…の」


 やっと返事が返ってきた。

 そう言えば結婚して12年、朝食を共したことなど片手で足りるほどしかないな。

 こんな怠惰な王妃はアレンベルク以外に存在しないだろう。だが、ユリウスは不快には思わない。


「マリー」

「……もうすこし、だけぇ」


 五月蝿いと言いたげにシーツの中へ潜り込んでいく。そんな態度にさえ笑みがこぼれてしまう。

 それはユリウスが王妃を溺愛しているからではない。いや、もちろん溺愛はしている。してはいるが彼の笑みはそれが主な理由ではない。


(ずいぶん手がかからなくなったんだな)


 彼は12年前を思い出す。マリアベールがこの城へ来てからを思い返してみる。

 あの頃、この寝台の上で繰り広げられていた惨状を。

 1時間置きに泣き叫んだ夜もあった。

 海老反りになって嫌がり寝台から落ちた夜もあった。

 無理に起こした朝、癇癪を起こして暴れるこの子の足が急所を直撃したこともあったな。

 それを思えばなんと楽な朝なのだろう。


 この成長を嬉しく思い、どこか寂しくもある。

 ユリウスの笑みはそんな感情を含んでいた。


「マリー、来月のお披露目晩餐会にとびきりのドレスを新調すると言っていたろう?10時には仕立屋のテンプル夫人が来る予定だ。起きないと間に合わなくなって――――」

「そう、そうだった!」


 ドレスの言葉にマリアベールは飛び起きた。

 12歳。お洒落に敏感なお年頃。

 特別なドレスは王妃と言えど年に何着も新調してはもらえるわけではない。マリアベールは幾日も前から仕立て屋のテンプル夫人が来る日を楽しみに待っていたのだ。


「やっと起きたね。おはよう、マリアベール」

「やだっ!もうこんな時間なの?ユリウス、どうしてもっと早く起こしてくれなかったの?テンプル夫人にお会いする前にシャワーを浴びたいし、ちゃんと朝食も食べておかなくちゃ!だって彼女の前でお腹が鳴ったりしたら恥ずかしすぎる……っ」


 仕立て屋のクロエ・テンプルは世界的有名デザイナーで自身もファッションアイコンとなるほどカリスマ性を持つ人物だ。マリアベールは彼女の熱狂的なファンだった。


「……何度も起こしたんだけどね」


 ため息をつきながら呼び鈴を鳴らすと、静かに扉が開き朝食を持った侍女達が入ってきた。


「今日はこのままここで朝食を食べるとしよう」


 お行儀はあまり良いとは言えないけどね、と付け加える。

 ベッドの上のトレイに置かれた豪華な朝食を見ながら「こんなの食べてる時間ない」と焦るマリアベールに


「大丈夫。こんなことになるだろうと1時間時計を早めておいた。ゆっくり食事を楽しむ時間はあるよ。たまには朝食に付き合ってくれないかな?我が王妃よ」


 ユリウスはにこりと絞りたての果実ジュースを差し出した。


ユリウスがどうやって最弱小貧国から大国へと発展させたかはいずれ書きたいなと思っています。


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