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0歳の花嫁

 ガタゴトガタゴト。



 アルトリアを発ってすでに七日。ようやく旅の終わりが見えてきた。

 あと半日も御車を走らせればアレンブルクの王宮へ着けるだろう。

 後にも先にも今回の旅ほど辛く厳しい旅を彼らは知らない。控え目に言っても「苦行」。いや「拷問」と呼ぶべきか。


「ユリウス様、大丈夫ですか?」


 長旅を気遣って、従者の一人エリオットがアレンブルク国王ユリウスに声をかける。

 エリオットの視線はひどく揺らいでいる。理由はユリウスの膝に鎮座する物体、アルトリア王国王女にしてユリウスの妻となったマリアベールがを気になって仕方ないからだ。



 今から2年前、父王の急逝により弱冠10歳でユリウスはアレンブルク王位を継いだ。

 気さくではあるがオムツが宜しくない前王時代には怠惰と利権による腐敗が蔓延していた。

 即位したユリウスがまず始めにしたことは無能者を罷免し、老害を引退させることだった。

 涙ながらの嘆願にも顔色ひとつ変えず内部改革を行う幼王に利権に群がる者たちは震え上がったと言う。


 冷静沈着。頭脳明晰。冷酷な天才的支配者。

 彼は子供らしからぬ子供だった。


 現在12歳となるユリウス・アレンブルクの王の器に並ぶ者はいないとエリオットは信じている。


 そんな彼が、だ。

 ぬいぐるみのように丸い赤ん坊妻を膝に抱き、絹のグローブごと指をしゃぶられている。

 これほどまでに摩訶不思議な光景が目の前に繰り広げられる日が来るとは。

 この笑いを絶える苦しさを他の誰が知るだろうか!


「おい、エミリア。これ以上しゃぶられてはグローブに穴が空きそうだ。お前、代われ」


 そうだ。この御車にはもう一人供がいたのだった。

 それがエリオットの姉でもあるエミリア・プッチーニ。かつてのユリウスの乳母である。

 美しい赤毛を乱れなくまとめた彼女は不安定な御車の中であっても背筋を崩さない。


「いいえ、陛下。陛下以外にどなたが姫君のお相手が務まりましょうか」


 エミリアはどこか楽しそうだ。

 家柄と5人の子の母である実績を買われユリウスの乳母になったのは10年前。振り返るとユリウスは群を抜いて育てにくい(くそ生意気な)子供だった。

 その彼女を持ってしても一度泣き始めたマリアベールをあやすことは不可能だった。

 唯一ユリウスだけが―――なぜか彼がマリアベールに触れると泣き止むのである。

 ゆえにこの1週間、彼は鉛を抱いて旅を続けるはめになってしまった。


「……ったく、何で俺がこんな目に!?」


 もしもこれが呪いだと言うなら恨まれる心当たりはありすぎる。が、もちろん彼はそんな非科学的なものは信じない。


「それにしても妙ですよね。確かに王族間の政略結婚においては、お産まれになる前から婚約者がいるなんてことは稀にあることですが、実際に輿入れされるのは適齢になってからです。1歳にもならない姫君を婚家へ送り出すなど聞いたことがありません」

「……はぁ、エミリオ。あなたは武術ばかり上達して頭の中身はどこかへ置いてきたのですね。姉は残念でなりません」

「どういう意味です!?姉上」

「状況を正確に把握することも陛下の側近としての大切なお役目ですよ。いいですか?」


 ――――筋肉脳なあなたのためにおさらいしてあげましょう。


 姫君のご生母様はアルトリア国王第7妃、序列で言えば末席の側室にあたる御方です。

 若く美しく気立ての良い第7妃を王は大変ご寵愛されたそうです。

 しばらくした後、第7妃は懐妊。マリアベール様をご出産されましたが、残念なことにお産が原因でお亡くなりに。

 第7妃の面影を生き継いだ姫君を忘れ形見として王は溺愛なさいました。

 当然、正妃を始めとする6人の王妃さま達は面白くありません。

 なにせ、寵愛を欲しいままにしていた憎き第7妃がやっといなくなったと喜ぶも束の間、今度はその娘が王の寵愛を独占したのですから。


「此度の婚姻の目的は王の目の前から姫君を排除すること。分かりましたか?我が弟よ」

「そんなっ!母君を亡くされたばかりだと言うのに父王まで引き離されると言うのですか!なんとお可哀想なマリアベール様……っ」

「お前が泣いてどうする?鬱陶しい。泣きたいのはこちらだよ。政略結婚とは名ばかり。これは王妃と側室達が結託して仕組んだ体のいい左遷だ。でなければ誰が好き好んで王家の姫を嫁がせるんだ――――歳弱小貧国の我がアレンブルクになど」


 そう。

 アレンブルク王国は他国が気にかける必要など微塵もないほどの最弱小貧国だった。

 そんな国に正妃とは言え、幼いマリアベールは身ひとつで放り出されてしまった。


 ――――――王妃たちの復讐は果たされたのである。


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