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第九話 恋敵

 レンと約束はしたものの、事態はどんどん悪い方へ進んでいった。ジョ家は確実に兵を集めていたし、ケイもそれを制圧するための準備を進めていた。

 もし、レンとの約束を果たせず、争乱の中でリョクが命を落としたら、レンは再びケイの元から離れてしまうのではないかと、ケイは不安だった。

 そして、ケイをもっと不安にさせる事件が起こった。

 ある日、コウが浮かない顔でケイの前にやってきた。そして、言いにくそうに、

「ご報告があります」と言った。

「何だ?」

「ソウ・レンがいなくなりました」

 ケイは殴られたような衝撃を受けた。

「どういう事だ?」

「今日、ソウ・レンは都省に出勤しませんでした。それで、ソウ・レンの同僚が宿舎に様子を見に行ったのですが、宿舎にもいなかったというのです。それで、私の方で調べたのですが、ソウ・レンは昨日、馬を借りて宮廷を出ていました。おそらく、ジョ・リョクを探しに行ったのではないかと思われます」

「レン……」

 ケイは茫然とした。レンは、ケイがリョクを助ける事はできないと、分かっていたのだ。だから、自らリョクを助けるために動いたのだろう。

「ソウ・レンの事は、既に探すよう手配しております」

「おそらく、もう既にレンは場所を把握しているはずだ。ジョ家の拠点に向かっている可能性が高い」

「ソウ・レンがジョ家の居場所をつかむことなどできるでしょうか?」

「レンの事を甘く見るな。レンならそれぐらいの事はやってのける。出撃命令はどうなっている?」

「明日にでも出そうとしていたところです」

「すぐに止めさせろ。レンが戻らない間は、絶対に攻撃してはならない」

「しかし、それではジョ・ハクに時間を与えてしまう事になるのではありませんか?」

「やむを得ない」

 ケイは唇を噛んだ。

 それからは、神経が磨り減るような日々だった。どうしてレンは、手に入りそうなところで、いつもケイの手をすり抜けていってしまうのだろうか。このまま、レンに会えなくなるような事になったらと思うと、ケイは不安で仕方がなかった。

 それから数日が経ち、真夜中に伝令が飛んできた。都の西方にある県の役所に、ジョ・リョクが投降してきたという知らせだった。そして、リョクと共に、レンがいるという事が分かった。

 とりあえずレンの無事が分かり、ケイはほっとしたが、まだ顔を見るまでは安心できない。ケイは、レンをすぐに都へ送り届けるよう命令した。

 それから三日後。レンを乗せた輿が都に到着したという報告を受けた。ケイは、輿を自らの居所までよこすように命じた。

 レンを乗せた輿が居所の庭に到着すると、ケイは居所から飛び出し、降りて来たレンに抱きついた。

 ケイはレンを強く抱きしめたまま、

「良かった。戻ってきてくれて、本当に良かった」と言った。

 レンが、

「ごめん……」とケイに謝った。

 ケイはもう、レンの事を自分の側から絶対に離さないと心に決めた。

「シュ・コウ」

「はい」

「部屋を用意しろ。今日からレンにはそこで寝泊まりしてもらう」

 ケイの言葉に、レンが驚いた様子でケイを見た。

「どうして……」

 ケイはあたりまえじゃないかと思い、レンを睨んだ。

「もう宿舎には戻らせない。それに、都省でも働かせない。私の側にずっと置いておく。二度と外に出さない」

 レンは青ざめて、ケイに訴えかけた。

「ごめん。ケイ。もう黙ってどこかへ行ったりしないから。だから、そんな事言わないでくれ」

 ケイは、さらに強くレンを抱きしめた。もう何を言われても、レンを離さないと思った。

「そうやって、また何かするつもりか? ジョ・リョクのために」

 レンはケイを引き離して、

「黙って勝手な事をしたのは、本当に申し訳なく思ってる。でも、リョクの事はどうしても助けたいんだ。だから、リョクのためならするかもしれない」と言った。

 否定しないレンに、ケイは茫然として、

「レン……」とつぶやいた。

「多分俺は、リョクを助けるためだったら何だってする」

 レンの目は力強かった。それはリョクのためだから、ケイは悲しくなった。

「レンは、私とジョ・リョクのどちらが大事なんだ? 私の事が好きだと言ったくせに!」

「もちろんケイは大事だけど、友だちの命には代えられない」

 本心では、レンにはケイを最優先して欲しかったが、人命を引き合いに出されては反論できない。

「それなら……。それなら、私が絶対にジョ・リョクの命を助けるから、だからレンはもう何もしないでくれ」

 そう言うしかなかった。

「本当に?」

「ああ。前にもそう約束しただろう? だけど、ジョ・リョクが助かったら、約束どおり、レンの事は私の好きにさせてもらう」

「分かった……」

 レンはやっと頷いた。ケイはため息をついた。

「どうして勝手な事をしたんだ?」

「だって、ジョ・ハク様が謀反を起こそうとしていると思ったから……。リョクがそれに加担したら、ケイの立場上、リョクの刑を軽くする事なんてできないと思ったんだ。どうしても、リョクを助けたかった。だから、勝手な事をしてしまった。ごめん……」

 そのとおりだったが、ケイはやはり悲しくなった。

「……私の事を信じてもらえなかったって事か」

 ケイが言うと、レンが申し訳なさそうに、

「本当にごめん」と言った。

「もう、いいよ」

 ケイは、レンを優しく抱きしめ、レンの頭を撫でた。そして、

「無事に戻って来てくれたから、それでいい。だからもう、勝手にいなくならないでくれ」と言った。

 ケイは、レンのために部屋を用意し、レンをそこへ移動させた。少しでも自分の近くに置いておきたい。本当は、またどこかへ行かぬよう閉じ込めておきたかったが、そんな事をしたらレンに嫌われそうな気がしたので、そうはしなかった。

 コウがケイに、

「明日、ジョ一家が都へ着く予定です」と報告した。

「そうか」

 明日だけは、レンを外に出さないようにしなければならないとケイは思った。おそらくジョ一家は、市中を無事では通って来られない。レンを巻き込ませるわけにはいかなかった。

 翌日、ジョ一家は都へ着いた。予想どおり、市中の人々の非難や石つぶてを浴び、一向は満身創痍で宮廷に辿り着いた。

 ハク、リョク、スイはそれぞれ別の独房へ収監された。

 ケイは刑部の牢獄へ行き、リョクの独房へと赴いた。独房の中を覗くと、リョクは全身にあざを作り、どころどころ血が出ている。こんな姿をレンが見たら、相当心を痛めるだろう。

 ケイの姿に気付き、リョクが正座して深々とケイに頭を下げた。

「陛下。このような場所へお越しくださるとは……。この度は我が一族が大変な事をしでかし、心よりお詫び申し上げます」

 やはりリョクはできた人間だ。こんな事にならなければ、自分の側に置いても良いと思える人材だった。

 リョクが投降したのは、レンをケイの元へ帰すためだ。自分の想いを犠牲にし、レンの真の幸せを願うその行動に、ケイはありがたいと思うと同時に、嫉妬も覚えた。

「そなたが投降してくれたおかげで、争乱を未然に防げた。感謝する」

 リョクは頭を下げたまま、

「私も、計画に参加をしておりました。そのようなお言葉を頂く資格はございません」と答えた。

「レンは無事に戻り、元気にしている」

 ケイは、リョクが最も気にしているであろう事を伝えた。

「私が投降できたのは、レンのおかげでございます」

 ケイはリョクに、

「もう良いから顔を上げろ」と命じた。

 リョクが顔を上げ、ケイと目を合わせた。リョクはとても静かな目をしていた。

《なぜそんなにも落ち着いていられるのだ》

 ケイはそう思った。

 ケイは、

「レンはそなたに投降するよう説得したのか?」と尋ねた。

「レンは、企てを止めさせられないかと、私を説得しに来ました。企てを止めるには、私が投降するのが一番近道だと思ったのです」

「そうか。……そなたの立場で、家族を裏切るのは、辛かっただろう。家を破滅させる事になると分かっていても、レンの説得に応じたのは、レンを愛しているからか?」

 ケイはリョクの心を揺さぶる質問をしたつもりだったが、リョクの目は静かなままだった。

「私はずっと、良心と家の狭間で苦しんできました。ずっと、こういう機会を待っていたのです。レンが私に機会を与えてくれました。レンには感謝しかありません」

 ケイは驚いた。このジョ・リョクという男は、どこまでできた人間なのだろう。この男になら、本当にレンをとられてもおかしくはなかった。

 リョクがケイに、

「レンは、私の大事な友人です。どうかこれからも、レンが幸せでいられるよう、お見守りください」と言った。

 直接的な言葉で聞くよりもずっと強烈に、リョクがレンを深く愛している事をケイは悟った。

「もちろんだ。レンの事は心配するな。私が必ず幸せにする」

「ありがとうございます」

 リョクがケイにもう一度頭を下げた。

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