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第七話 本心

 ケイは湖に浮かぶ屋形船の中でレンを待った。船ならば、レンはケイの前から逃げ出す事はできない。さすが、コウは絶好の場を設けてくれたとケイは思った。

 やがて計画どおり、レンが船に乗り中に入って来た。レンはケイの姿を見て、かなり驚いた様子だ。ケイはレンに警戒されないよう、自分も知らなかったフリをした。

 レンはケイと決して目を合わせない。それは、本気で嫌われているのか、ただ単に気まずいだけなのか、それとも本心を隠そうとしているのか、まだ判別がつかなかった。

 そこでケイは、レンを試してみようと思った。今までずっと、押す一方だったから、一旦引いてみて、レンの反応を伺ってみることにした。

 ケイはレンに、

「今、幸せか?」と尋ねた。

 レンは、

「ああ。幸せだ」と答えた。

 その答えを待って、ケイはわざとさっぱりした口調で、

「そうか。レンが幸せなら良かった。それが一番だ」と言ってみた。

 すると、微かに、本当にほんの一瞬だけ、レンが表情を曇らせた。ケイはそれを見逃さなかった。

 ケイはそのまま、あたかも自分は吹っ切れているという口調で思い出話をした。ケイがどれほどレンを特別に思っていたかを織り交ぜながら、でもそれはもう過去の事だと言う想いをにじませて話す。すると、最初は無表情だったレンの顔に徐々に感情が現れ始めた。

 そして、ケイが、

「レンは、私がそれまでに感じた事の無かった感情をたくさん感じさせてくれた。本当に感謝している。ありがとう」と言うと、レンが堪えるような表情を浮かべた。

「俺の方こそ、ケイが来てくれたおかげで、たくさんの事を学べたし、一生忘れられない思い出をたくさん作れた。ありがとう」

 ほほ笑むレンの表情を見て、ケイは確信を得た。

 船が船着き場へ戻り、二人は下船した。ケイとレンは別々の輿に乗り込んだ。

 輿の中で、コウがケイに、

「いかがでしたか?」と尋ねてきた。

 ケイは、ふっと笑みをもらした。

「間違いない。レンは私を好きだ」

「やはり、そうでしたか」

「レンは私への想いを必死に隠そうとしている」

「一体なぜなのでしょう」

「おそらく、何か深い事情があるのだ。レンが本当の気持ちを隠し、ジョ・リョクと恋人関係でいるのには、何か事情がある。ジョ・リョクは本気なようだから、レンがジョ・リョクに恋人関係を強要されている、というのが一番単純だが……。ジョ・リョクはそういう事をする人間には見えない」

「分からないではありませんか。ソウ・レンがジョ・リョクに、何かしらの弱みを握られている可能性もあります」

「いや。あの二人の関係は、そういうものではない。レンはジョ・リョクの事を心から信頼している」

「では、一体なぜなのでしょう」

「ここまでするのには、相当重たい事情があるはずだ。レンまたはジョ・リョクの命が危なくなるぐらいの」

「命、までですか?」

 ケイはコウを睨んだ。

「そうでなければ、あんなに私を好いているレンが、私に冷たくして、ジョ・リョクと恋人でいるはずがない」

 コウが少し呆れた表情を浮かべて、

「さようですか」と言った。

「ジョ・リョクが善人である事は間違いないが……」

 ケイは考えた。リョク以外のジョ家の人々は、ジョ・ハクを始め皇后も、野心家で信用がおけない。リョク自身に問題がないなら、家絡みで何かあるのではないかと、ケイは考えた。ジョ家に関係する何らかの事情があって、リョクを助けるためにレンがリョクと恋人でいるというのなら、有り得る事かもしれない。

「コウ」

「はい」

「ジョ家について調べろ。特に、ジョ・ハクと皇后の身辺を洗え」

「ジョ・ハク様と皇后陛下の、ですか」

「ジョ・リョクがレンを守るために、または、レンがジョ・リョクを守るためにやっている事だとしたら、説明がつく。何かジョ家絡みで、裏に事情があるのかもしれない。不穏な動きがないか、今も過去も含めて、全部洗い出すんだ」

「かしこまりました。すぐに取り掛かります」

 コウがケイに頭を下げた。

 それからひと月あまりが過ぎたある日、コウがケイに報告にやってきた。

「陛下。例の件でご報告です。大変な事かもしれません」

「何が分かったのだ?」

「側室様たちの死についてです。はっきりと断定はできませんが、すべての死にジョ家が関係しているかもしれません」

 ケイは顔色を変えた。

「なんだって?」

「最初に亡くなったチョウ夫人は原因不明の発作を起されましたが、チョウ夫人が亡くなる数日前に、ジョ家に薬屋が出入りしていたそうです。薬屋は、処方を間違うと発作を起す可能性のある薬草をジョ家に売っていました。二番目に亡くなられたカク夫人は、ご実家に帰省された道中で事故に遭われて亡くなられていますが、その道中に供をした者は、以前ジョ家に仕えていた者だったようです。最後に亡くなられた夫人が、チョウ夫人と似たような発作でお倒れになったのは、陛下もご存じのとおりです」

 ケイは考え込んだ。この国を手中に収めたいジョ・ハクにとってみれば、娘であるジョ・スイが次期皇帝を生む事は、願ってやまない事だろう。側室たちが先に懐妊するような事態は避けたかったはずだ。だから、動機はあるといえばある。しかし、それなら、初めから側室など設けず、しばらくはケイの妻を皇后一人にしておけば済んだはずだ。ジョ・ハクの発言力があれば、それは充分できたはずだ。なのに、なぜ側室を立てる事には反対せず、後から殺すような面倒なまねをしたのか。これは合理的ではない。だとすると、非合理的な物、感情的なものが作用していると考えられる。

 ケイの脳裏に、皇后が自分の元に渡って来ないケイを責めてきた時の事が思い浮かんだ。あの時ケイは、自分には想い人がいると皇后に告げた。

「まさか……」

 ケイはつぶやいた。そんな理由で皇帝の側室を三人も殺めたのだとしたら、あまりにも短絡的だ。しかし、そう考えるとすべての事がつながる。皇后の嫉妬。それが理由だとしたら……。

 ケイはコウに、

「皇后が側室三人を殺害したとは考えられないか」と言った。

「皇后陛下が、ですか」

「皇后は、私の想い人が側室のうちの誰かだと思ったのかもしれない。それで、側室を全員殺した。それはあり得る話だ。……しかし、もしそうだとすると、皇后は私の想い人を殺そうとしているという事になる」

 コウが、はっとした表情を浮かべた。

「では、それがソウ・レンだと知られたら……」

 ケイの心に怒りがこみ上げてきた。愛するレンを害しようとする者は、何者であっても許す事はできない。

「レンが危険になる。だから、すべてを知っているジョ・リョクは、レンを守るためにレンを自分の恋人にした。それならすべて辻褄が合う」

 そしてレンは、ジョ家を守り、リョクを守るために、リョクと恋人のフリをしているのだ。だとすれば、レンがジョ家の破滅を望んでいない事は確かだが、ケイにとっては関係のない事だった。すぐに行動を起こして、レンを取り戻さなければならない。

 ケイはコウに、

「すべての証拠を押さえて、準備ができたらすぐに皇后を尋問しろ」と命令した。

 コウは頭を下げ、

「かしこまりました」と答えた。

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