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第六話 断ち切れない想い

 レンに別れを告げられてからというもの、ケイは毎日ため息ばかりをついた。職務はこれまで通りこなしてはいたが、少しでも時間が空くと、考えるのはレンの事ばかりだ。

 ケイはたまに都省の近くへ行き、レンの姿を探した。レンの姿を遠くからでも見る事ができると、それだけでうれしい気持ちになる。レンへの想いを断ち切る事はとてもできそうになかった。

 ある日、都省の近くに行くと、都省からレンが出て行くのが見えた。ケイはレンが行った方に付いて行った。

 レンが向かったのは、書庫だ。入口から中を覗くと、レンが古書倉庫の帳簿に記名して地下へ下りて行くのが見えた。ケイはそれを見て、古書倉庫なら、人目に付かずにレンと話す事ができるかもしれないと思った。

 ケイはそっと書庫に入り、古書倉庫へと下りて行った。

 レンは、下りて来たケイに気付き、相当驚いた様子を見せた。

 ケイはレンに、

「久しぶり」と声を掛けた。

 レンは警戒した様子で、

「どうしてここに?」と尋ねてきた。

「帳簿に名前が書いてあったから、レンがいると思って」

 ケイが答えると、レンはケイから目を逸らして、

「……俺はもう出るから」と言って、ケイの横をすり抜けて行こうとした。

 ケイはとっさに、レンの腕をつかんだ。

「待って。もう少し、話をしよう」

 レンはケイと目を合わせずに、

「仕事中で忙しいから」と答えた。

 ケイは、レンのもう片方の腕もつかんで、ケイの方を向かせた。

「レン、私を見て話してくれ」

 レンはケイから顔を背けた。

「もう、行かないと。離して」

 やはり、もう自分とは普通に会話もしてくれないのかと、ケイは心が痛んだ。

 その時、誰かが階段を下りて来る足音が聞こえた。

「レン、いるのか?」

 下りて来たのはリョクだった。

 リョクは、ケイとレンの姿を見て、顔色を変えた。

「何をなさっているのですか!」

 リョクは二人に駆け寄ると、レンを後ろから抱き締めるようにして、ケイから引き離した。

 ケイはあまりの事に茫然とした。

 リョクがケイに、

「レンは私の恋人です。いくら陛下でも、触れないで頂きたい」と言った。

 そのリョクの表情は、皇帝に対して向けられるべき物ではなかった。ケイに対する敵意と嫉妬心がむき出しだ。ケイはそれを見て、リョクは本気でレンを愛しているのだと悟った。そして、黙ってリョクに抱かれているレンも、リョクの事を愛しているのだろう。

 ケイは二人から目を逸らし、

「すまない」と言って階段を上り、その場を去った。

 ケイは、もうどうしようもないと思った。レンとは普通に話す事も、近づく事もできない。レンはもう、ジョ・リョクの物で、ケイが手にする事はできないのだ。

 それでもケイは、レンの様子を見に行く事を止められなかった。遠くから姿を見られるだけでも、心が救われるような気がした。

 ある日、渡り廊下を歩くレンの姿をたまたま見かけて、ケイは思わず足を止め、レンの姿を目で追った。レンは誰かに呼ばれてそちらに向かって歩いて行く。レンが行った先には、リョクがいた。ケイは心が痛んだが、二人から目が離せなかった。リョクは、レンの手をつかみ、二人でどこかへ消えて行った。

 止めた方がいいと、頭では分かっている。しかし、ケイの足は、二人が消えた方向へと向かって行った。

 レンとリョクは、人気のない会議室へ入って行った。ケイの心臓が激しく脈を打つ。

 ケイは、そっと会議室の引き戸に近付き、少し開いた隙間から中を覗いた。

「仕事中に何してるんだ」とレンがリョクに言っている。

 するとリョクが、

「少しだけ、いいだろ? レン、好きだよ」と言って、レンに口づけをした。

 ケイはあまりの事に、言葉を失った。こうして、むつみ合う姿を実際に見てしまうと、二人が恋人同士なのだという現実を突きつけられる。「仕事中に」という事は、仕事中でなければ、二人はこういう事を日常茶飯事で行っているのだろう。

 ケイが茫然と廊下に立ち尽くしていると、

「いかがなさいましたか? 陛下?」と、通りがかった官吏に声を掛けられた。

 ケイは慌てて、

「なんでもない」と言い、その場を立ち去った。

 その日は、レンとリョクが口づけをする姿が頭から離れなかった。これまで、どんな事があっても職務だけはおざなりにしないようにしてきたケイだったが、その日ばかりはとても無理だった。

 夜になって、少し頭を冷やそうと、ケイは庭に出た。外の長椅子に座り、池を見つめながらため息をつく。

 レンの想い人はどうして自分ではないのだろうか。子供の頃は確かに、レンはケイを好きでいてくれた。あの頃のようには二度と戻れないのだと思うと、喪失感で胸が張り裂けそうだった。こうしている間も、レンはリョクとむつみ合っているのだろうか。そう思うと、気が狂いそうだった。

 かなり長い時間、ケイは池を見つめたまま物思いに耽っていた。やがて、コウがやって来て、

「陛下」とケイに声を掛けた。

 ケイは答えずに、ぼんやりと池を見つめた。

 コウが口を開いた。

「先ほどまで、そこにソウ・レンがおりました」

 レンの名に反応し、ケイはコウの方を振り返った。

「レンが?」

「はい。かなり長い時間、陛下の事を見つめておりました」

 ケイの心臓が高鳴った。まさか近くにレンがいて、しかもレンに見られているとは思ってもみなかった。

「どれぐらいの時間いた?」

「一刻(三十分)は確実にいたかと」

「そんなに……」

 それほどの長い時間、自分を見つめていたのなら、レンにはまだ自分に対する気持ちが残っているのではないだろうか。そんな期待が沸き起こって来た。

 コウも、

「何とも思っていない相手をそんなに長く見つめる事など、有り得るでしょうか?」と言った。

「どんな表情だった?」

「表情までは伺えませんでした」

 ケイは考え込んだ。しかし、再び脳裏に、昼間のレンとリョクの姿が蘇ってくる。ケイはため息をつき、首を振った。

「しかし、昼間、レンとジョ・リョクが口づけをしている所を見たのだ。とても仲睦まじい様子だった」

「私も、ソウ・レンは既にジョ・リョクに心変わりしたものと思っておりました。しかし、先ほどの様子はどうしても腑に落ちません。今一度、ソウ・レンの気持ちを確認してみてはいかがでしょうか」

「しかし、レンには避けられてしまっている」

「では、私がソウ・レンとお話できる場を設けます。ソウ・レンが逃げられないようにすれば、本心を探る事ができるのではありませんか?」

「……本心、か」

 ケイはそうつぶやいてから、コウに向かって言った。

「分かった。では、ソウ・レンとの場を設けてくれ」

「かしこまりました」

 コウはケイに頭を下げた。

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