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第三話 入宮

 ケイはその日、朝からそわそわしていた。今日は、官吏登用試験に合格した新人官吏が初めて入宮する日だ。山里の庵でレンと会ってから一年近くが経つ。

 レンが官吏登用試験に首席合格した事は既に知っていた。やはりレンの賢さはずば抜けている。ケイは改めてレンの能力に感心した。

 新規登用官吏を代表して、レンが挨拶をした。遠かったが、久しぶりにレンの姿を見る事ができて、ケイの心は昂ぶった。そして、いてもたってもいられず、レンをすぐに呼び出した。

 ケイはレンが待つ部屋に小走りになって向かった。部屋に入ると、レンがいて、ケイに頭を下げた。

 ケイは扉を閉めると、足早にレンに近づき、レンの両手を両手で握った。

「レン、まさか首席合格だなんて。期待どおりだけどすごすぎて、本当にさすがだよ」

 ケイが言うと、レンが恐縮した様子で、

「ありがとうございます」と答えた。

「本当にうれしい。レンがこうして近くにきてくれて」

「はい……」

 レンはまだケイと距離を取ろうとしている様子だ。ケイはもっと距離を詰めなければと思った。それで、レンの顔を覗き込んで、

「レン、二人きりの時は、敬語でなく、昔みたいに親しく話してくれないか」と言った。

 レンは驚いた様子で、

「皇帝陛下に対して、そのような事ができるわけがありません」と答えた。

「私が良いと言っているんだ。頼むから」

「でも……」

「いいから」

 レンは迷っている様子だった。ケイはレンの性格を熟知している。こういう風にケイがお願いをした時は、レンは必ずケイの言う事をきいてくれる。

 案の定、レンは、

「分かりました」と答えた。

 ケイは内心してやったりで、

「それが敬語じゃないか」と笑って見せた。

 すると、レンが、

「分かった」と言い直したので、ケイは心がじんわりと温かくなったような気持ちがした。

「これから研修だから、すぐに戻らなければならないだろう? 研修が終わったら、またこの部屋に来てくれないか? もう少しゆっくり話がしたい」

 レンが戸惑った様子で、

「……皇帝陛下が一介の新人官吏を特別扱いするのはまずいんじゃないか? 俺だって、他の人に変に思われたら困る」と言った。

 ケイは、レンが昔のように話してくれた事に感動しつつ、

「夜、こっそり来ればいいだろう? 頼むから」とレンに懇願した。

 するとレンは、渋々といった様子ではあったが、

「分かった」と答えた。

 ケイは内心小躍りしそうな気分だった。

 その夜、ケイは部屋にご馳走と酒を用意させ、レンがやってくるのを心待ちにして待機した。

 やがて、やって来たレンは部屋の様子を見て驚いた様子だった。

 ケイはレンを長椅子の隣に座らせた。久しぶりに近く来たレンに、ケイは気分が高揚するのを抑えられなかった。

 ケイが杯を手渡すと、レンは戸惑った様子で、

「あの、これは?」と尋ねてきた。

「まずは祝杯を上げないと。レンが首席で合格したお祝いだよ」

 ケイはそう言って、レンの杯に酒を注いだ。

「これ、お酒?」

 レンが尋ねてきたので、ケイは、

「そうだよ」と答えた。

 すると、レンは杯をテーブルに置き、ケイの方に押し戻した。

「俺、酒なんて飲んだ事ないから」

 その言葉に、ケイは驚いた。

「え? そうなのか?」

「あと、この料理は、まさか俺のために……じゃないよな?」

 レンはテーブルの上の料理を見つめながら言った。

 ケイは、レンは相変わらずまじめだなと思いつつ、

「もちろん、レンのために用意した。レンのお祝いだから」と答えた。

 レンが、とんでもないといった様子で首を振った。

「こんなの、新人官吏が食べていい料理じゃない。俺は遠慮する」

「こんな量、私一人で食べられるわけないだろう? せっかく用意したんだから、食べてくれ」

「でも……」

「とにかく、乾杯しよう」

 ケイは、自分の杯にも酒を注ぎ、杯をレンの方に掲げた。レンも、渋々といった様子で杯を手に取ると、ケイの方に掲げた。

 ケイは、

「レンの首席合格に乾杯」と言って、レンの杯に杯を軽く合わせ、杯の中の酒を一気にあおった。ケイは酒に強い体質で、量を飲んでもそれほど酔わない。今日は久しぶりにレンと過ごせるから、楽しい気分に浸りたかった。

 レンは、恐る恐るといった様子で、自らの杯に口を付け、少しだけ酒を口に含んだ。そして、「うわっ」と言って、すぐに杯をテーブルに置いた。

 ケイはレンの顔を覗き込んだ。

「どう? 生まれて初めての酒は?」

「あんまり、好きじゃない」

 ケイはレンの様子が愛おしくて仕方がなかった。

「かわいいな」

 ケイが思わず言葉にすると、レンはむっとしたような表情を浮かべ、テーブルの上の杯をもう一度手に取って、中の酒を一気に飲み干した。

 ケイは驚いて、

「初めてなのにそんな飲み方したら、酔うよ?」と言った。レンはきっと、酒の飲み方を知らないのだろう。

「平気だ」

 レンは杯をテーブルの上に置いた。

《かわいい顔してるのに、結構男気があるんだよな》

 ケイはレンの杯に酒を足し、それから、皿を手に取って、

「どれ食べたい?」とレンに尋ねた。

 すると、レンが慌てた様子でケイから皿を奪い取り、

「大丈夫。自分で取るから」と言った。

 そうして、二人は並んで食事をした。

 しばらくして、レンがふと、

「こんなものを毎日食べてたなら、うちの飯が食べられないのは当然だよな」と言った。

 レンはあの時の事を覚えていて気にしていたのだ。

「あの時は申し訳なかった。なんとか食べようとしたけど、どうしてもだめで。気分が悪かっただろう?」

「いや、気分は悪くはなかったけど、心配だったよ」

「そうだな。レンはいつも私を心配してくれてたな」

 ケイの脳裏に、昔色々自分を気遣ってくれたレンの姿が思い出された。

 レンは恥ずかしそうに目を逸らした。

 ケイはレンに、

「私が都へ帰ってから、レンはどうしてた?」と尋ねた。

「すぐに最初の師匠に弟子入りして、家を出たよ。その後、その師匠の紹介で次の師匠に弟子入りして、そこで勉強してた」

「そうか。レンは元々頭が良かったけど、そこで学んだから首席が取れたのだな」

「ケイが貸してくれた本を読んでた事がすごく役に立ったよ。あれで基礎は身に付いていたから。最初の師匠のところで学んだ事は、もう全部ケイから借りた本で学んでいた事だった」

 自分が貸した本が役に立ったというのは、かなりうれしかった。

「そうか。それはうれしいな。レンに本を貸して本当に良かった。だから、今こうしてまた会えたって事だな。私はあの後、すぐにトンサン市に使いをやって、レンを連れて来ようと思ったんだ。だけどレンはいなくて、居場所も分からなくて、本当に辛かった。やっと居場所が分かって、居ても立っても居られなくなって、自分で行ってしまったんだ。あの時は驚かせてすまなかった」

「あれは本当に驚いた。皇帝が一人で馬でやって来るなんて、あり得ないから」

「ハハ。それだけ、レンを愛してるんだよ」

 ケイがストレートに言うと、レンは顔を赤らめた。その様子に、ケイは、段々レンの心を懐柔できているような気がした。

「そういう事言うの、やめてくれないか」

 レンはそう言って、箸をつかもうとしてつかみ損ね、箸を床に落とした。

「あ」

 レンが箸を拾おうとしたので、ケイはレンの肩をつかんでそれを止めた。

「大丈夫。後で拾うから。新しいのを使えばいい」

 ケイは新しい箸をレンの前に置いた。

「ありがとう」

 ケイはレンの顔を見つめた。頬が微かに赤くなっていて、目が潤んでいる。本人は気付いていないようだが、だいぶ酔いが回ってきているようだ。

《かわいすぎるな……》

 ケイは胸の鼓動が高まってきた。愛する人がすぐ側にいて、こんなに儚げな様子で酔いに耐えようとしている。

 ケイはレンから目が離せなくなった。レンが欲しくてたまらない。

 その空気に、レンが察した様子で、ケイから離れようとした。しかし、ケイは逃がしてなるものかと思い、レンの腕をつかんで引き寄せると、レンを抱きしめた。久しぶりのレンの感触は温かくて心地いい。

「レン……」

 ケイはレンの耳元でレンの名を呼んだ。レンの体からは力が抜けていて、抵抗するそぶりはない。ケイは、これは肯定という意味だと捉え、そのままレンの唇を塞いだ。久しぶりの感触に、ケイの胸が躍った。レンの唇は柔らかくて、滑らかで心地いい。レンは脱力していて、唇がかすかに開いていた。ケイはその隙間からレンの口の中に舌を滑り込ませた。レンの舌に自らの舌を絡ませると、あまりの心地よさに夢見心地になった。このまま、レンを抱けるかもしれないと思っていると、レンが我に帰った様子で、両手でケイの体を押してケイを引き離した。

 ケイは残念に思いながらも、口づけを止めて、レンから顔を離した。

 レンは、

「俺、もう帰る」と言って立ち上がろうとした。しかし、すぐによろけて倒れそうになる。

 ケイはレンの体を支えて、レンを再び座らせた。

「だいぶ酔ってるみたいだ。少し酔いを覚ましてから帰った方がいい」

 レンは答えずに、そのままぐったりして、長椅子の背もたれに身を預けた。

 その様子を見て、

「本当に、酔ってるんだな」とケイはつぶやいた。そして、レンの顔を覗き込んだ。さすがに寝込みを襲う事はできない。さっきのも、酒が回って抵抗できなかっただけなのかもしれない。

 ケイはため息をついた。

「これは生殺しだな……」

 ケイはそう言って、レンの額をやさしく撫でると、頬に軽く口づけをした。

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