⑤自己紹介
豪雪地帯のこの地方は、学生ものの物語に出てくるような、桜が舞い散る中の卒業式や入学式はなく、桜の代わりに雪が舞う年もある。
そんな少々肌寒い4月ではあるが、僕の額には汗が流れていた、というかそれは冷や汗であった。
「あっ!みんな来たね!そこ座って!座って!」
夕乃はテーブルを挟んで正面にあたる席を指差して着席を促した。
「了解っす!」
3人がぞろぞろと着席していくなか、首筋に冷たいものが流れた。
何故なら、先程のロリっ娘もとい、小さな彼女がジッと僕を睨み付けているのである。
各自注文したことを見計らった夕乃が切り出した。
「それじゃあ皆も揃ったことだし自己紹介でもしよっか、私のことは改めてする必要もないし、皆も気になっているこの男の人から始めようか」
ウキウキと楽しそうな、夕乃の表情はキラキラとして見えた。
「えっと、初めまして、橘深月です。夕乃にお願いされてカフェ研の活動を手伝うことになりました、これからよろしくお願いします。」
自己紹介というものにはあまり慣れていないので、社交辞令のようになってしまったが、まあ良しとしよう。
「深月さんはうちの店の常連さんで、喫茶店が好きだから、みんなとも話が合うと思うよ。他にも色々とお願いしてるけど、あまり無茶なことはさせちゃダメだよ!」
「了解っす!でも彼氏役とか夕乃先輩が一番無茶なお願いしてるじゃないっすか」
「それはそうだけど、ダメなものはダメー!」
「ハハッ、冗談ですって」
夕乃の補足にツッコミを入れた彼女は、なかなかの強者だろう、次はその彼女の自己紹介であった。
「私は一ノ瀬華月っす。好きなものはスポーツで、やるのも見るのもどっちでもイケます、カフェ研にはこの2人が入るっていうんで入りました!でもコーヒーは好きっす!」
元気に挨拶した彼女は、サバサバとした雰囲気で、頭の後ろでまとめられた団子ヘアが、活発なスポーツ少女という印象を与える。
「3人一緒にカフェ研入るなんてとても仲いいね、付き合い長いの?」
「そうっすね、でも皆地方からこっちの女子高に来たときに会ったんで、特別付き合いが長いわけではないんすけど、それからはずっと一緒っす」
「ところで、彼氏さん、夕乃先輩とは本当に付き合ってないんすか?傍目からみるとめちゃめちゃいい感じすけど。」
「彼氏さんじゃなくて別の呼び方でいいよ、あくまで、夕乃とは付き合ってるフリだから、あまり心配とかはしなくて良いよ」
「へぇ…わかりました、じゃあ呼び方はみっちゃんにしますね。」
「なぜ唐突に敬語…、みっちゃんもアレだけど、まあいいや」
次の自己紹介は、背の高い彼女からだった。
「ボクは結城純です、よろしくお願い致します、…喫茶店は好きです」
彼女はモデルのようで、ボーイッシュというか、男前であった。
短くまとめれらた、銀髪が、一層イケメン度合いを引き出している。
「純はモデルもやってるんすよ!」
華月は自分のことの如く、誇らしげに語った。
「そうですね、たまに雑誌に出るくらいですけど、楽しいです」
口数は少ないが、寡黙な雰囲気が彼女の魅力を惹き出している。
「そういえば、気になってたんだけど、ずっとカメラ持ってるよね、写真とるの好きなの?」
彼女は来店したときから、首から提げたカメラを手放していなかった。一眼レフのとても高そうなカメラは写真家を思わせる。
「…カメラも好きです、喫茶店の写真をたくさん撮ってます。」
彼女からスッと見せられたカメラロールには、様々な喫茶店の写真が写っていた、中には古民家のような写真まであった。
カメラロールをどんどん更新していると、一部違和感の有る写真があった。
しかも1枚だけでなく、大量に。
その写真達は、僕を睨んでいる小さな彼女が被写体のものばかりであった。
食事中の写真、転んで泣いている写真、etc…
「ん?コレは…え?」
瞬間、唖然とした僕からカメラをバッと取った純は物凄い形相で囁いた。
「…深月さん、あなたは何も見ていない、良いですね、忘れてください」
ゴゴゴゴと音がしそうな彼女の威圧感に圧倒された僕は、ブンブンと首を縦に振って承諾した
。
「みっちゃん、なんかあったんすか?純もどした」
「いやなんも…じゅ、純ちゃん良い喫茶店の写真だね」
純はニッコリと笑ったが、その瞳の奥に恐ろしいものが隠れているのを感じた。
そして、最後の自己紹介だが、もちろん彼女の番である。
「鹿野メイです、夕乃先輩、私の自己紹介の前にひとついいですか?」
「メイちゃん?もちろん良いけど。」
「深月さん…まずは謝罪を要求します。もちろん理由はお分かりですね」
夕乃も察したのか、チラッと僕の方を見て苦笑いをした。
もちろん理由はわかってるさ、失言であったことも…
「メイちゃ…」
「メイさん!!!」
食い気味に遮るようにメイは訂正をかけた。
「コホン…鹿野メイさん、この度は初対面でありながら、いきなりロリっ娘と呼んでしまい、大変申し訳有りませんでした。謝罪を申し上げます」
「…よろしい、改めてよろしくお願いします」
「好きなものはいっぱいだけど、コーヒーは苦いので飲めません」
「…ありがとう、よろしくね…」
同じ轍は踏ままいと、僕は反省を活かしてツッコミを我慢したが、心のなかで思った。
「(コーヒー飲めないのかい!)」
「メイちゃんはちっちゃくて可愛いし、深月さんがついつい言っちゃった気持ちわかるなぁ」
夕乃のフォローもあり、なんとか仲良くはできそうだ。
「ボクもわかります!家に持ち帰りたいくらいに!」
純ちゃんよ、目が怖いぞ。
「メイ~、私は味方だぞ~!」
といいつつ華月もメイの頭を撫でていた。
自己紹介も終わり、これからの活動内容の確認や雑談をした後夕乃が切り出した。
「じゃあ、そろそろ今日はお開きにしようか!」
店に入ってから時計も既に数周していたので、そろそろ良い時頃合だろう。
店の外にでると、既に太陽も傾きかけていた。
「そういえば、3人はこれから用事だったよね、どこいくの?」
先程の雑談をふと思い出し、なんとなく訪ねてみた。
「映画です、メイが行きたいと行っていたので」
純は写真を撮るジェスチャーをしながら答えた。
「…盗撮は禁止だぞ、なんの映画?」
「とっ○こハ○太郎っす…」
楽しみそうなメイの表情と裏腹に、華月の笑い顔は少しひきつっていた。
「お待たせみんな、じゃあ帰ろー!」
会計を済ませた夕乃が戻ってきたので、今日の活動はここで解散となった。
今回の食事代はカフェ研の活動ということで、クラブ費からでるらしい、上限があったり領収証やレポートが必要らしいが、カフェ研素晴らしいな!
「ハ○太郎か…」
街の方へ歩いていく3人を見送りながら呟いた。
「へ?深月さんどうかしました?」
不思議そうに僕の顔を覗き込む夕乃にドキッとしたが、先程の華月の言葉がチクリと刺さった。
「本当に付き合ってないんすか?」
(付き合ってないさ、僕がどう思ってもあくまで彼氏役なんだから)
「…じゃあ僕たちも帰ろうか」
「はい!」
名残惜しいのか、帰り道は行きと違い少々足が重く感じた。
「深月さん、今日はありがとうございました、みんな良い子たちだと思うから、仲良くしてあげてくださいね。」
「もちろん、これからの活動が楽しみだよ!」
「!そうですね…私もとても楽しみです。」スッ
横を歩く夕乃から差し出された手は、握手を求めるようなものでなく、鈍感な僕にもハッキリとわかるものであった。
「これも、彼氏役の仕事?」
「はい!深月さんは私の彼氏さんですから!」
ふたつの影がひとつに繋がった時、オレンジ色の夕日に照らされた夕乃の顔は真っ赤だった、僕も赤くなっていただろうが、きっと夕日のせいだと言い訳をするだろう。
続く




