③ 信じる
「夕乃はお前さんを彼氏にしたいんだと。」
マスターのこの言葉に一瞬固まってしまったが、一瞬の間もなく、
「ちがっ!違うって!、おじいちゃん!言葉削りすぎ!、私は、深月さんにカフェ研究会のお手伝いをお願いしたかったってこと!」
と夕乃がパッと顔を上げて訂正した。
「べっつに、やることは同じようなもんだし、呼び方はなんでもいいだろうよ」
フンっと言い切ったマスターは少しドヤ顔だった。
「あの、手伝うって具体的に何をすれば…それに彼氏って…」
2人の会話を聞いていても話が見えてこなかったので夕乃がに直接聞いた。
「あっ、ごめんなさい、あの…今年からカフェ研究会のメンバーが増えたので、具体的に活動していこうと思っているんです、実際に各地の喫茶店に行ったりだとか…」
ふんふんと相槌を打ちつつ、夕乃の説明を聞いていた所、突拍子もない言葉が耳に入ってきた。
「最近のカフェでは”カップルシート”って言うのかな⁇、付き合っている男女しか座れない席とかメニューとかがあって、私そういうところも行ってみたくて…」
再び顔を赤くして言ったあとまた恥ずかしそうに俯いた。
「えっと、つ…つまり僕を彼氏ってことにしたいってこと⁇…でも僕なんかで…」
僕が言い切る前に夕乃は言い放った。
「他の人には頼んだりしないよこんなこと、深月さんだから…」
パッと顔を上げた夕乃は僕の目をまっすぐ見ながら言った。
真っ赤な顔のままで、そして瞳には少し涙が浮かんでいた。
そんな顔を見せられたら、安請け合いというわけではないが、こう言うしかないだろう。
「も…もちろん、よろこんで!」
夕乃は緊張の糸がほどけたかのように、パァァ!と表情をほころばせた。
「ありがとうございます!やった!」
…この状況で断る勇気のある者だけが、僕に石を投げるがいいさ。
「あー、水を差すようで悪いが、まだもう一つ頼み事があっただろう。」
そう言ったマスターは、やれやれといったような顔だった。
「お前さんに、夕乃達の運転手も頼みたいんだ、確か免許持ってただろう、遠くに行くときは何かと必要になるしな。」
頼み事の1つや2つ増えても変わらないかと思いつつ、少し疑問に思った。
確かに以前持っているという話はしたが、運転免許証はあるが、僕は肝心の車を持っていない。
このことはマスターも知っているはずだが…
「心配するな、ワシのを貸してやる。」
とマスターは胸ポケットから車のカギを取り出した。
「店の裏に置いてある、こっちにきな。」
まだ嬉しそうな表情の夕乃を横目に、勝手口から出ていったマスターの後をついていくと、車が停車しているのが見えた。
日も落ち、頼れる灯りは街頭と月明かりくらいだったが、とても古い車ということは分かった。
「わしがずっと乗っていたものだ、この店を開く前にわしも全国の喫茶店を周っていたものでな、今は乗る機会もあまりないが、現役だ。」
キャンピングカーともマイクロバスともとれるようなこの車は、いつぞや見た映画のワンシーンを思い浮かべる。
「こんなに大事なもの、何故僕になんか…わかりません」
今日一番の疑問を、先ほどは遮られてしまったのでもう一度聞いてみることにした。
「…夕乃がいった通りお前さんだからさ…それに夕乃の様子を見ればな…」
「信じているということだろうな、夕乃はともかく、わしも”ある程度”は信用しているからな」
また、言葉を濁されたようだったが、今回はよしとしよう。
「…ありがとうございます、まだ僕にはわかりませんが、今はこの鍵を信用の証とします。」
「それで良いさ、あとはまぁ、夕乃は多少わがままなところがあるが頼みがあったら聞いてやってくれ」
「夕乃を頼んだぞ。」
大袈裟みたいなセリフを言ったマスターに僕は何も言えなかった。
「寒いから、早いところ店に入ってろ、俺もすぐ戻る。」
”ジジジ”と煙草に火を付けたマスターの背中はどこか物悲しそうだった。
「深月さん!早速ですけど、明日空いてますか?近場のカフェとかで、サークルのメンバーに紹介したいです!」
店内に戻るなり夕乃が提案してきた、週末は基本空いているから問題はない。
「いいよ、僕もさっきの子たちが気になってたしね。」
「気になっていたってどういう意味ですか」
少し膨れたように夕乃は言った。
そうこうはなしているうちにマスターも戻り、ふと時計をみると閉店の時間が迫っていた。
「それじゃあ、僕は帰るよ、明日のこと決まったら連絡ちょうだい。」
「わかりました!じゃあまた後で。」
店を後にし、帰路に就く、今日は満月なので月明かりが強く歩きやすい。
歩くこと10分ほどで見慣れた賃貸アパートに着いた、今日は遅めの帰宅なので、階段をゆっくりと上る。
「今日は色々あったから、疲れたな。」
シャワーを浴びたあとベッドで転がりながらつぶやいた、手には預かった車のカギがある。
ボーッとうたた寝を始めたくらいで通知音が鳴った、夕乃のメッセージには明日の日程と場所、持ち物までキッチリと記載してあった、そして最後には「おやすみ」とメッセージがあった。
「修学旅行とかのしおりみたいだな」
なんかとつぶやきながら返信を返した、もちろん「おやすみ」も添えて。
「なんか前にもこんなやりとりしたような気がするんだよな、デジャヴってやつなのかな」
と言いながら、そっと目を閉じた。
カーテンの隙間から漏れた月明かりの先にはフォトフレームがあった。
続く




