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夕乃珈琲店  作者: 水無月蒼月
2/5

② それぞれの思い

 太陽が昇り始める朝6時、チュンチュンと小鳥の鳴く声で彼女は眼を覚ます。


「う~ん」


1・2回寝返りを打ち、両眼をこする。ひとしきりボーッとしたあとベッドから起き上がり、自室から洗面台へと向かった。


「おぉ、夕乃おはよう」


眠たそうな声で2階からゆっくりと降りてきた男性は、この家の家主である。彼は現在、自身の孫である彼女2人で暮らしている。2階の居住スペースと別に1階には喫茶店が併設されているこの家は、2人で住むにして少々広い気もするが、家事に手が回らないほどではないため不自由はしていない。


「おじいちゃん、おはよう!」


とキッチンから声が返ってきた。身支度が終わり、パジャマから着替えていた夕乃は朝の家事を一通り終わらせて、今は洗い物をしていた。既に朝ごはんが出来ている様だったので、そのままフラフラと席へ向かった。営業中は常にカウンターの内側に立っているが、食事どきは逆の立場を味わえるので、好きな時間である。


まだ焼きあがったばかりであろうトーストにジャム塗っていると、


「もう8時過ぎてるよ、今日は店開ける前に用事があるんでしょ」

と彼女が言うので、時計ををチラリと見た。



「そうだったな、夕乃のお願い事とやらもあることだしな…」

と昨晩の会話を思い出す。



「いつもの彼」にあることをお願いしたいと話していたが、


「ほとんど告白のようなもんじゃないのか」


と思いつつ、愛する孫の淹れたコーヒーに口に含んだ。


 食事を終えたあと、夕乃は大学へと向かった。


「そういえば、今日はサークルの後輩が来るとか言ってたな」


とまた昨日の会話を思い出した。どのような豆を出そうかと考えつつ、商店街入口から駅の方角へ歩くこと数分、彼は目的の場所へ着いた。


「あいつならいいだろう」


と彼への信頼を確認するようにつぶやいた後、貸しガレージのシャッターを開いた。


「♪~♪~」


とイヤホンを耳にしながら、夕乃は流行りの歌をハミングしていた。彼女の通っている大学は地元では有名な女子大であり、同じく地元の女子高から、エスカレーター式で進学している人たちも多い。自宅の最寄駅からは1駅しか離れていないため、運動がてら歩いて通学している。


講義の時間ギリギリについたので、1限の教室に直接向かっていると


「おっ!夕乃センパーイ!!!」


後ろからイヤホン越しに聞こえるくらい元気な声が聞こえてきた。声の主ともう2人の存在に気がついた夕乃はイヤホンを外しながら振り向いくと、そこには先日入学したばかりである3人の後輩たちが佇んでいた。


「みんなお揃いで、おはよう!今日は1限から?」


と聞くと


「そうなんです。ボク達3人みんな同じ授業を取っていますので、都合が良いですから常に3人で行動しているんです。」


背が高い彼女が答えた。と続いて、


「都合がいいって…せめて別の言い方もあったでしょ!」


今度は逆に小さな彼女がピョンピョンはねながら怒っていた。


「小さくて可愛いわね」


小動物を愛でるように思いつつ、


「みんな今日のサークルでウチの喫茶店にくるんでしょ?いっぱいおもてなししてあげるから覚悟しててね!」


宣戦布告に似たようなセリフを言った。


「はい!初めての活動だし、楽しみッス」


元気な彼女と、もう2人も口々に期待の言葉を口にした。


「それじゃあ、1限あるからもう行くね。みんなも遅れないように」


その場を去り教室へ向かった。


「(まだ大学で先輩って慣れないなぁ…中学校や高校とかと全然違う感じだし…でも、せっかくサークルに入ってくれたんだから、ここは心機一転先輩らしく頑張ろう)」


とか考えてるうちに教室についたので、ドアを開いた、がそこには誰の姿もなかった。


「アレ?私時間間違えちゃったのかな…」


などと不安に陥っていると、同じ講義を受けている友人から電話がかかってきた。


「今どこ?もう始まるよ?」


「教室だけど、誰もいないの…みんなどこにいるの?」


と聞くと、


「もしかして朝の通知見てない?、先生の気まぐれで1年生と合同で授業行うって来てるよ!」


「…今…行くね」


プッっと電話を切ったあと、スマートフォンの通知欄を見てみると、他の通知に埋もれて、変更の知らせが来ていた。


「すみません、遅れました。」


と教室に入ると先ほどの後輩たちが友人と一緒に座っていた。


「夕乃らしくないじゃん」


と連絡をくれた友人が聞くが、自分でも理由は分かっている。


「今日、ある男の人にお願い事をしようと思ってて、朝から緊張しているのかも」


と答えると、


「へ?夕乃にもそんな人がいるとは!あたしゃ嬉しいよ!」


謎のテンションになっているが、昔からの付き合いなのでそんな反応になるんだろう。


「前話してくれた人の事ッスよね」


「ボク達応援していますよ」


「同じく!」


と後輩たちも言ってくれた。


「応援してくれてるし、頑張ろう!…でもみんななにか勘違いしているような…??、後はおじいちゃんにも気を付けないと…」


とかしているうちに今日の講義が終わり、


「それじゃあ私は、店に戻って準備しているね。みんなはゆっくり来ていいよ!」


と夕乃は帰路に就いた。


夕乃を見送った後一人がつぶやいた


「先輩ってかわいいところあるよなぁ」


他の2人も同意見だと話したが、ちょうどその場に夕乃の友人が通りがかった。


「でしょ!夕乃ってかわいいんだよ!、みんな夕乃のサークルの後輩でしょ、入ってくれてありがとうね!」


3人はいきなりの熱弁に驚いた顔をした。


「あ、ごめんごめん講義で隣の席だったけど、自己紹介はしてなかったね」


と畳み掛ける


「私は夕乃の幼なじみの「楠木 睦月」よろしくね!」


睦月はサイドでまとめた髪をなびかせながら言った。


「よ、よろしくッス…」


圧倒されたのか心なしか覇気がなくなったが、それぞれ自己紹介を終えた。


「…なるほど、後輩ちゃんたちに提案があるんだけど、いいかな?」


睦月が切りだした。


「イイっすけど、なにするんです?」


多少不信と思いつつ、促す。


「みんな夕乃ちゃんのこと応援したいと思ってるよね!」


元気に聞いてきた。


「はい、ボク達は夕乃先輩を応援しています」


長身の彼女はハッキリと言った。


「だったら、みんなで夕乃ちゃんを全力でバックアップしようよ!まだ相手の人がどんな人かもわからないけど、変な感じだったら露払いしたりとか」


睦月は提案した。


「露払いって…夕乃先輩のことが心配なのはわかるけど、やりすぎなんじゃ」


突拍子も無い提案に驚いたが、思うところがあったのか、話した。


「いいの!もちろん良い人ならそのまま応援すれば良いんだし!、じゃあ後でみんなが店を出たくらいに連絡ちょうだい、私も合流するから、外で見ていようよ…」


成り行きとはいえ提案に乗ることになったが、少々気が引けるなと、後輩の3人は思った。


数時間後


「しっかしまぁ、4月だしこの時間の屋外は冷えるなぁ、みんな大丈夫か?」


みんなを気遣って聞く。


「まぁ問題ないです」


とざっくりと答える。


「上着来てるから大丈夫」


小さい体に似合うモコモコした上着は、とても暖かそうである。


店の裏口の窓からは店内が見渡せるようになっており、彼と夕乃とマスターがちょうど視界にはいるようになっている。


「みんな~なんか進展あったー?」


先ほど連絡を受けた睦月が人数分の缶に入ったコーンポタージュを持ってきた。


「ありがとうございます、特段ありませんね、中の音もあまり聞こえないですし」


顔を上げながら答える。


「でも、男の人は悪い人ではなさそうですよ」


ふわふわの上着の彼女が追記した。


「あら、そうなの…どれどれ」


睦月が窓から中を除いた。


「夕乃ちゃんと、おじいさまと、例の彼はあの人ね…!?…あれ…あの人…」


彼を一瞥した睦月は少し安心したような顔で言った


「みんなごめんね、今日はもう帰りましょう。あの人なら大丈夫だと思う、私たちは夕乃ちゃんをバックアップしよ!」


突然の手のひら返しにも驚いたが、睦月の表情を見ると、質問をしたくなった。


「睦月パイセンあの人知ってるんすスか?」


と質問されたが睦月は言葉を濁して撤収を促す。


帰宅した睦月は自室の机の上にある写真立てを手にとり


「深月くん…」


とつぶやいて、目を閉じた。


続く


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