② それぞれの思い
太陽が昇り始める朝6時、チュンチュンと小鳥の鳴く声で彼女は眼を覚ます。
「う~ん」
1・2回寝返りを打ち、両眼をこする。ひとしきりボーッとしたあとベッドから起き上がり、自室から洗面台へと向かった。
「おぉ、夕乃おはよう」
眠たそうな声で2階からゆっくりと降りてきた男性は、この家の家主である。彼は現在、自身の孫である彼女2人で暮らしている。2階の居住スペースと別に1階には喫茶店が併設されているこの家は、2人で住むにして少々広い気もするが、家事に手が回らないほどではないため不自由はしていない。
「おじいちゃん、おはよう!」
とキッチンから声が返ってきた。身支度が終わり、パジャマから着替えていた夕乃は朝の家事を一通り終わらせて、今は洗い物をしていた。既に朝ごはんが出来ている様だったので、そのままフラフラと席へ向かった。営業中は常にカウンターの内側に立っているが、食事どきは逆の立場を味わえるので、好きな時間である。
まだ焼きあがったばかりであろうトーストにジャム塗っていると、
「もう8時過ぎてるよ、今日は店開ける前に用事があるんでしょ」
と彼女が言うので、時計ををチラリと見た。
「そうだったな、夕乃のお願い事とやらもあることだしな…」
と昨晩の会話を思い出す。
「いつもの彼」にあることをお願いしたいと話していたが、
「ほとんど告白のようなもんじゃないのか」
と思いつつ、愛する孫の淹れたコーヒーに口に含んだ。
食事を終えたあと、夕乃は大学へと向かった。
「そういえば、今日はサークルの後輩が来るとか言ってたな」
とまた昨日の会話を思い出した。どのような豆を出そうかと考えつつ、商店街入口から駅の方角へ歩くこと数分、彼は目的の場所へ着いた。
「あいつならいいだろう」
と彼への信頼を確認するようにつぶやいた後、貸しガレージのシャッターを開いた。
「♪~♪~」
とイヤホンを耳にしながら、夕乃は流行りの歌をハミングしていた。彼女の通っている大学は地元では有名な女子大であり、同じく地元の女子高から、エスカレーター式で進学している人たちも多い。自宅の最寄駅からは1駅しか離れていないため、運動がてら歩いて通学している。
講義の時間ギリギリについたので、1限の教室に直接向かっていると
「おっ!夕乃センパーイ!!!」
後ろからイヤホン越しに聞こえるくらい元気な声が聞こえてきた。声の主ともう2人の存在に気がついた夕乃はイヤホンを外しながら振り向いくと、そこには先日入学したばかりである3人の後輩たちが佇んでいた。
「みんなお揃いで、おはよう!今日は1限から?」
と聞くと
「そうなんです。ボク達3人みんな同じ授業を取っていますので、都合が良いですから常に3人で行動しているんです。」
背が高い彼女が答えた。と続いて、
「都合がいいって…せめて別の言い方もあったでしょ!」
今度は逆に小さな彼女がピョンピョンはねながら怒っていた。
「小さくて可愛いわね」
小動物を愛でるように思いつつ、
「みんな今日のサークルでウチの喫茶店にくるんでしょ?いっぱいおもてなししてあげるから覚悟しててね!」
宣戦布告に似たようなセリフを言った。
「はい!初めての活動だし、楽しみッス」
元気な彼女と、もう2人も口々に期待の言葉を口にした。
「それじゃあ、1限あるからもう行くね。みんなも遅れないように」
その場を去り教室へ向かった。
「(まだ大学で先輩って慣れないなぁ…中学校や高校とかと全然違う感じだし…でも、せっかくサークルに入ってくれたんだから、ここは心機一転先輩らしく頑張ろう)」
とか考えてるうちに教室についたので、ドアを開いた、がそこには誰の姿もなかった。
「アレ?私時間間違えちゃったのかな…」
などと不安に陥っていると、同じ講義を受けている友人から電話がかかってきた。
「今どこ?もう始まるよ?」
「教室だけど、誰もいないの…みんなどこにいるの?」
と聞くと、
「もしかして朝の通知見てない?、先生の気まぐれで1年生と合同で授業行うって来てるよ!」
「…今…行くね」
プッっと電話を切ったあと、スマートフォンの通知欄を見てみると、他の通知に埋もれて、変更の知らせが来ていた。
「すみません、遅れました。」
と教室に入ると先ほどの後輩たちが友人と一緒に座っていた。
「夕乃らしくないじゃん」
と連絡をくれた友人が聞くが、自分でも理由は分かっている。
「今日、ある男の人にお願い事をしようと思ってて、朝から緊張しているのかも」
と答えると、
「へ?夕乃にもそんな人がいるとは!あたしゃ嬉しいよ!」
謎のテンションになっているが、昔からの付き合いなのでそんな反応になるんだろう。
「前話してくれた人の事ッスよね」
「ボク達応援していますよ」
「同じく!」
と後輩たちも言ってくれた。
「応援してくれてるし、頑張ろう!…でもみんななにか勘違いしているような…??、後はおじいちゃんにも気を付けないと…」
とかしているうちに今日の講義が終わり、
「それじゃあ私は、店に戻って準備しているね。みんなはゆっくり来ていいよ!」
と夕乃は帰路に就いた。
夕乃を見送った後一人がつぶやいた
「先輩ってかわいいところあるよなぁ」
他の2人も同意見だと話したが、ちょうどその場に夕乃の友人が通りがかった。
「でしょ!夕乃ってかわいいんだよ!、みんな夕乃のサークルの後輩でしょ、入ってくれてありがとうね!」
3人はいきなりの熱弁に驚いた顔をした。
「あ、ごめんごめん講義で隣の席だったけど、自己紹介はしてなかったね」
と畳み掛ける
「私は夕乃の幼なじみの「楠木 睦月」よろしくね!」
睦月はサイドでまとめた髪をなびかせながら言った。
「よ、よろしくッス…」
圧倒されたのか心なしか覇気がなくなったが、それぞれ自己紹介を終えた。
「…なるほど、後輩ちゃんたちに提案があるんだけど、いいかな?」
睦月が切りだした。
「イイっすけど、なにするんです?」
多少不信と思いつつ、促す。
「みんな夕乃ちゃんのこと応援したいと思ってるよね!」
元気に聞いてきた。
「はい、ボク達は夕乃先輩を応援しています」
長身の彼女はハッキリと言った。
「だったら、みんなで夕乃ちゃんを全力でバックアップしようよ!まだ相手の人がどんな人かもわからないけど、変な感じだったら露払いしたりとか」
睦月は提案した。
「露払いって…夕乃先輩のことが心配なのはわかるけど、やりすぎなんじゃ」
突拍子も無い提案に驚いたが、思うところがあったのか、話した。
「いいの!もちろん良い人ならそのまま応援すれば良いんだし!、じゃあ後でみんなが店を出たくらいに連絡ちょうだい、私も合流するから、外で見ていようよ…」
成り行きとはいえ提案に乗ることになったが、少々気が引けるなと、後輩の3人は思った。
数時間後
「しっかしまぁ、4月だしこの時間の屋外は冷えるなぁ、みんな大丈夫か?」
みんなを気遣って聞く。
「まぁ問題ないです」
とざっくりと答える。
「上着来てるから大丈夫」
小さい体に似合うモコモコした上着は、とても暖かそうである。
店の裏口の窓からは店内が見渡せるようになっており、彼と夕乃とマスターがちょうど視界にはいるようになっている。
「みんな~なんか進展あったー?」
先ほど連絡を受けた睦月が人数分の缶に入ったコーンポタージュを持ってきた。
「ありがとうございます、特段ありませんね、中の音もあまり聞こえないですし」
顔を上げながら答える。
「でも、男の人は悪い人ではなさそうですよ」
ふわふわの上着の彼女が追記した。
「あら、そうなの…どれどれ」
睦月が窓から中を除いた。
「夕乃ちゃんと、おじいさまと、例の彼はあの人ね…!?…あれ…あの人…」
彼を一瞥した睦月は少し安心したような顔で言った
「みんなごめんね、今日はもう帰りましょう。あの人なら大丈夫だと思う、私たちは夕乃ちゃんをバックアップしよ!」
突然の手のひら返しにも驚いたが、睦月の表情を見ると、質問をしたくなった。
「睦月パイセンあの人知ってるんすスか?」
と質問されたが睦月は言葉を濁して撤収を促す。
帰宅した睦月は自室の机の上にある写真立てを手にとり
「深月くん…」
とつぶやいて、目を閉じた。
続く




