9 ミラの深淵
プレミア厶シートで、いつもより気合いの入った一文字家の稽古を見ながら、ミラは楽しそうに、はしゃぐ。
鉄斎は、そんな不思議な少女ミラを優しい目で見ながら頭を撫でた。
オレンジの髪はサラサラしていた。
彼女の純真な魂により奇跡が起きた。
幾千もの金色の毛髪。
野のように瞬く黄金の光。
傷ついた心を癒し、息吹を与えてくれた。
その者、青き衣を纏い、めしいた指が、金色の野に降りたつ。
らんらーら♪
おっと、不味い不味い。
カスラックが、異世界にまで取り立てに来てしまう。仕事熱心だな。
話を戻そう。
鉄斎は、無邪気に笑うミラを複雑な表情で見つめていた。
これは、少しプライベートに、込み入った暗い話になる。
覚悟は良いだろうか。
一文字鉄斎は、ミラが一文字ミラとなる少し前、打倒ミラに執念を燃やしていたため、子飼いの情報屋を使い彼女の身辺を詳しく調べさせていた。
そして、情報屋より、思わぬミラの家庭の事情を知る事になる。
深淵を覗いてしまった。
それは、無邪気に笑う少女からは考えられない想像を絶する内容だった。
鉄斎が、おじいちゃんの一言で簡単に陥落してしまったのには、少女の背景を知ってしまっていた事も大きい。
調べさせて分かった。
彼女は、こう見えて不遇な子供であった。
一人ぼっちのミラ。
文字通り、少女は魔道具工房で一人で暮らしていた。
まぁ、レムはいるのだけれども。
特殊素材はあるのだけれども。
お金はあるのだけれども。
愛は無い。
祖父母は、戦争で蒸発し。
母親は、若い男と蒸発し。
最後に残った父親もまた、レムの類稀な才能に嫉妬で耐えられなくなり、つい最近。少女を残して蒸発していた。
だから、一人ぼっち。
愛に餓えている。
唯一の友達である沙耶に依存してしまうのは仕方ない。
精神が退行して幼くなったのも仕方ない。
でも、ミラは悪くない!
この子は十分に頑張っとる。
(沙耶との事、ありがとうなミラ。次は、おじいちゃんの番だ。おじいちゃんが、絶対に最後まで味方でいるから)
気付けば、鉄斎はミラを抱きしめていた。
「おじいちゃん、痛いよ?」
ぷくっとほっぺを膨らませたミラに、小さな手でパンパンと叩かれた。
「おおう、すまん。」
鉄斎は、ようやく決断する。
キリリとその顔にいつもの威厳を取り戻して、告げる。
「ミラちゃん。いや、一文字ミラよ。そして、一文字レムよ。今日から、二人はこの家に住みなさい。一文字の名にかけて必ず気に入る部屋を、そなた達の居場所を用意する」
「本当に!?やったー!ありがとう。うんとね、うんとね」
喜びに染まり、玩具を選ぶように一生懸命に悩むミラが可愛い。
レムが感激に震えながら、主の喜ぶ姿を見てホッコリした。
ハンカチで涙を拭い鉄斎に頭を下げる。
鉄斎は、思う。
この子の笑顔のためならば、私財を投げ売り、豪華な離宮を建立してもいいと。
一文字家よりも立派な箱モノを。
暴走じじいは、本気である。
ミラちゃん天使!
ばんざーい。
だけど、天使ミラは多くを望まない。
だって、天使だから。
「あっ!」
何か名案を思い付いたようだ。
しかし、忘れてはならないのだが、昨日まで魔王と呼ばれていた女。
この子は天才にして天災。
平和な一文字家に新たな爆弾を落とす。
「ミラは、沙耶ちゃんと同じ部屋がいいっ。もちろんベッドも一緒で!」
「んん?」
老獪な策士である鉄斎を、無自覚に計略に嵌める女の子ミラ。
えへへと笑うミラにとっては凄く当然な要求に、鉄斎はすごく困った。
だって、沙耶の自由は、お金では買えないからだ。
常識的に、それは無しじゃろう?
(この儂が追い詰められるなどいつぶりだろうか?・・そういえば、ごく最近あったのう。たしか、その者は名前をミラと言ったか。この手口、天晴!としか言いようが無い。やりおる。再びピンチだ。うーむ)
【次回予告】
鉄斎の英断
それは魂の咆哮