8 鍛錬 溶けるわだかまり
酷い二日酔いでも、朝食の後は平然といつもの鍛錬が始まった。
道場に門下生達の掛け声が綺麗に揃って響き、魔術で強化された板の間が乾いた音を立てた。
「「はっ!!」」
キュキュッ!
一文字の道場の床は魔力コートされた千年杉で出来ており、裸足で鍛錬をする。
これには理由があり、足の指の力の入れ方までチェックされるからだ。
酷い二日酔いの門下生達は、顔面蒼白な顔で脂汗を流す。
当然いつもよりキレは悪いものの、武の頂点グループである一文字の鍛錬は、それを感じさせない凄まじい迫力があった。
ビンビンと空気が泣いていた。
精霊が騒いでいた。
そんな表現が近いほどの迫力があり、見世物にすれば人気を博すことだろう。
もちろん一文字の鍛錬は謎に包まれている。
そう、門外不出の非公開だったのに。
・・・しかし、そんな伝統をミラがあっさりと覆してしまった。
ミラは目をキラキラと輝かせ、鉄斎と仲良く道場の端っこで、その様子をのほほんと見ていた。
「凄いねー、じいちゃん」
「ほっほ。そうかい、そうかい」
なんとも微笑ましい二人。
((が、気が散るっ。凄く邪魔っ!))
門下生の苦悩を他所に、一文字家の陰の支柱である 鉄斎 は、ただの何処にでもいるような、おじいちゃんと化していた。
((・・・くそっ、やり難い。いったい、どうなされたのだ?鉄斎様は?))
しかしながら、彼を責める者はいない。
人生のほぼ全てを王国に捧げた影の功労者が、ようやく小さな幸せを享受しているのだ。
不興を買えばその権力で消されるだろう。
正確に言うと、彼を責めるような命知らずはいなかった。そんなヤツはすでに土の下。
孫娘の沙耶も、唇を噛む。
一番複雑な心境なのは彼女であるだろう。
(なんで、ミラばかり可愛がるの? 私だって頑張ってるのに!!!努力した。でも、最近は全然認めてくれない。やっと、奥義も一つ開眼したのに一言も褒めてくれないっ。ねえ、私には無関心なのかな?)
溺愛されるミラを見て不安になる。
(・・・苦しい)
自分の気持ちを誤魔化すように、声を上げた。
「ハアアッ!!!」
そんな紅一点。迷いを断ち切ろうとする沙耶の掛け声が一服の清涼剤となり、よく通った。
「沙耶ちゃん、凄ーい」
「そうじゃのう。沙耶は誰よりも頑張っとるからな。本人の為には言えんが、実力も才能もある!儂は小さい頃からあの子の努力をずっと見てきた」
心の鍵がガバガバに開いていたため、鉄斎は隠していた本音を思わず漏らしてしまった。
2人の会話に、無意識に聞き耳を立てていた沙耶の動きが、思わず止まる。
!?
(褒められた?何年ぶりだろうか?・・・しかも、今までの努力は実は認められていた?いったい、どういう事??)
沙耶は、棒立ちになり思考の海に沈む。
(なんで?今まで事ある毎に、『女なのだから』『女らしく』と言われたけど、もしかして、女だから(武に向いていない)とは別の意味があるとしたら?・・別の意味って何?)
海の底に沈んでいたキラリと光る何かを見つけた。
(まさか!?単純に、女の幸せを選んで欲しかっただけ??)
砂を払うと、中から金塊が現れた。
(もしかして、そういう事だったの?)
金塊を掴み浮上する。
(なら私の努力は、無駄では無かった)
理由は分らないが、溢れそうになる涙。
ぐっと我慢して
鍛錬を再開。
「おじいちゃん。見てて 私は、一文字の娘。まだまだ強くなるよッ!!」
表情には笑みと自信。
流れたのは、汗なのか涙なのか
本人にすら分らない。
長年の迷いが消えた沙耶は、乱取り稽古をしていた屈強な門下生へ、解放された想いをぶつける。
感情を力へと変換。
美しい長い黒髪が、まるで羽のように広がる。
木刀と木刀が激しくぶつかると、耐えきれなくなった門下生が、空へと舞い壁へと叩きつけられた。
鉄斎は恥ずかしそうに申し訳なさそうに、目を逸した。不器用な鉄斎と、不器用な沙耶の水面下にあった、2人を隔てていた わだかまりが溶ける。
ふと、絶妙なタイミングで、新緑の香りが鉄斎を優しく包み込んだ。
「どうぞ、お茶です。はい、マスターも」
「これは、レムさん。すまんな」
「ありがとー、レム」
ずずっと、湯気の出るお茶を飲んだ。
「熱いの」
「熱ちっちっ」
「マスター、ふーふーしましょうか?」
ちなみに、ここまでの会話は門下生一同に丸聞こえである。
(沙耶お嬢様っ、良かったですね!!)
自然と、掛け声が一段上がるっ。
「「ハッ!!!!!」」
出だしは低調だったが、打って変わって今日の鍛錬は過去最高温度を記録しそうである。
【次回予告】
ミラの深淵
無邪気に笑う少女の抱える闇