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7 目覚め


 一文字家の朝は、朝日と共に始まる。

 爽やかな朝日と清廉な空気で身を清める事が、心の鍛錬に重要であると信じているからだ。


「うう〜頭が痛いよ」


 沙耶は、どうやら二日酔いのようで、人に見せられないような顔をして目を擦る。

 最悪の目覚めであった。

 お酒って怖いよ。あれ?なんだか・・足元が暖かいような?


 おそるおそる毛布を捲り、驚く。


「うっ!! なんでミラがいるの?・・ちゃんと客間を用意したのに」


 自分のベッドの中でミラが、幸せそうな顔で小さく脚に抱きつくように丸まって寝ていた。

 この年で、おねしょじゃなくて良かったけど、まったくミラは心臓に悪いよ。

 ふうっ、と胸を撫でおろす。


「マスターは、昨夜2時頃にお手洗いに行かれた後、こちらに移動されました」

「ひぅっ!!!!」


 突然、声をかけられて今度こそ心臓が止まりそうになる。

 声の方向を見れば、部屋の隅にメイドが控えるように立っていた。


「あの・・・申し訳ありません。尋ねられたかと思ってしまいまして」

(そこじゃないよっ 無断で人の部屋に侵入してるのが問題なの!)


 激しく怒ろうとしたが、レムの心底申し訳なさそうな顔に思わず毒気を抜かれる。


「いや、だから。・・・まぁ、いいわ」


 説明しようとしたが、それが全くの無駄である事に気づき諦めた。

 それにしても、喉が乾いたな。


「あ、ありがとう」

「いえ、メイドの嗜みですから」


 微表情を読み取ったのか、いつの間にか近づいたレムに、絶妙なタイミングで水を渡されていた。

 お礼を言い終えた時には部屋の隅に再び控えるように立っている。

 これが・・メイドの嗜み。


「冷たっ、美味しい」


 深く考えてはいけないと、渡された水をごくりと飲むと、丁度よく冷えていて飲み切りサイズだった。

 ふぅっと気持ちが和んだのか、沙耶の眉間が取れる。

 そしていつの間にか湿った口元を拭かれて、空のコップが消えている。

 ・・・・レムさんと一緒にいたら私まで駄目になってしまいそう。

 少し不安な顔で、まだ隣りで寝ている駄目な女の子を見つめて、立ち上がった。


「レムさん。先に食事にしてるから、好きなタイミングで来てください」

「はい、行ってらっしゃいませ。沙耶様」


 ニッコリと自然に見送られる。

 ここは私だけの部屋なんだけどなというツッコミを飲み込んだ沙耶は、顔洗い用のタオルをさも毎日のルーチーンのように受け取り、自分の部屋を出た。


 入念に、顔を湧き水で洗い乙女の顔を取り戻す。

 生活魔法の方が簡単だが、沙耶はこの精霊力の溶け込んだ湧き水が好きだった。


「あーこのタオルふわふわして気持ちいい。それになんかいい匂いがする」


 時間をかけた事で、かなり体調が復活したが、二日酔いの気持ち悪いのは依然残っている。


 食堂につくと、死屍累々だった。

 つーんとしたお酒の残り香が不快。

 下っ端の門弟達も、揃って歪んだ顔をしており食事の箸も止まっている。

 いつものように元気なのは、高弟達と親族だけ。


「どうした沙耶?顔色が冴えないぞ」

「父上達は、どうして平気なのです?」


 昨夜は、見たこともないお祭り状態で、皆かなり酷い醜態を晒していたのをうっすらと覚えている。


「そんなの毒を裏返せば良いだけだが。むっ、そういえば沙耶はまだ覚えていなかったな。習得しておけば便利だぞ」

「毒!?」


 無駄に武の一族の片鱗を見せる一文字家。

 呆れ顔で沙耶が着席すると、だるだるに緩みきった鉄斎を目撃する。

 こんな情けない顔は見たことない。いや、昨日見たか。その隣には、原因であるオレンジ色の髪の幼馴染を発見。


「沙耶ちゃん、おはよー」


 元気いっぱいだった。

 鉄斎も遅れて沙耶に気づくと、いつもの威厳のある顔に今更のタイミングで戻り、小言を言ってきた。


「やれやれ、沙耶も、ミラちゃんやレムさんを見習って鍛えんとな」


(はぁ?私がミラ以下!?レムさんは絶対に酔わない体質だけど、ミラもだいぶ飲んでいたよね。周囲の大人に、イラッとしたから八つ当たりで飲ませて潰したのは覚えている。それにミラは、一族の秘技の一つである心身再生は使えないはず)


 沙耶は、うーんと唸りある事実に思い当たる。


「ミラ、出しなさい。昔くれた、あの白い粒」

「ふぇ?」


 きょとんとしたミラを追撃。


「名前は忘れたけど、たしか成分の半分が優しさで出来ている錠剤」


 なぜか考え込むミラに、レムが助け舟を出す。


「マスター、おそらく改良型のこちらを求められているのでは?」


 初めて見る金属の短銃のような魔道具をレムがミラに手渡すと、ミラがにっこり笑った。


「沙耶ちゃん、お手手出して」

「うん?」


 言われるまま伸ばした手に、不思議な魔道具を押し当てられたかと思うと、説明も無く何かを撃ち込まれた。

 バシュン!

 痛みは無いけど体に何か分らない液体が入ったような感覚。


「ひゃうっ え?え?何したの」

「えーと、無痛注射器でお薬を打ったの。それでね、これは成分のほとんどが優しさなの」


 遅れてくる説明。

 ミラはいつもこうだ。

 本人にとっては当たり前の事なので、説明はしない。

 絆創膏を出して「これは傷口を保護するためのガーゼとテープが一体化した物だから痛くないよ、これから患部に貼るけど安心してね」なんて説明しないように、普通の事だと思っている節がある。

 針の無い浸透圧で注入する無針注射器でポーションを超える薬のような、謎の優しい液体を撃ち込まれて、すっかりと痛みもなくなり元気になった沙耶は、びっくりさせられた仕返しをする事にした。

 一般人の気持ちが分らない子には、躾が必要である。ミラのお皿から、最後に食べようと残していたと思われる卵焼きを没収。


「今度から、やる前に説明しなさいっ」

「ふえ」


 沙耶が、ミラの悲しそうな顔を見て少し溜飲を下げたのも束の間。

 門下生達が超反応をする。

 二日酔いでも武人の反応速度を舐めてはいけない。


「「ミラちゃん、俺のを」」

「ふええ」


 献上される、たまごたまごたまご・・

 ミラはモテモテだった。

 そして、朝飯の殆どが手つかずの男達は、二日酔いだった。



【次回予告】


 沙耶ちゃん、凄ーい


 二日酔いでも訓練はある。

 本邦初公開、一文字家の鍛錬。

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