6 ミラの覚醒
斬鉄の失態を生暖かい目で見た祖父の鉄斎だったが、そんな余裕も長くは続かなかった。
なぜなら、この日。
一文字家は、覚醒したミラの真の恐ろしさを、もう一度知ることになったからだ。
次の犠牲者は、鉄斎。
迂闊にも鉄斎は、戦線離脱した当主に代わってホストとしてミラに声を掛けてしまったのだ。
これが悪夢の始まりである。
「ミラちゃん、今日は泊まっていくかい?」
「ありがとう!じいちゃん」
武の達人は、不覚にも、そのありきたりな言葉に心を奪われた。
ミラの純粋な笑顔が老人の心に刺さる。
(はぅあっ!!)
鉄斎の心が熱くなる。純粋なる波動が、凍てついた老人の心を簡単に溶かした。
(ミラちゃん。じいちゃんは、じいちゃんは、心がびしょ濡れじゃあ!)
一度は、殺戮マシーンにまで堕ちた鉄斎。
愛妻は任務の中で息絶えた。
もう自分の中に人の心など残っていないと思っていたが、なんだ?この温かさは。
これは、もしかして無くしていた心?
その眠たい目に、涙が光った。
この世の春が来た。
沙耶は、だらしなく変わってしまった鉄斎のにやけ顔を、げんなりした目で見つめる。
鉄斎は、構わず吠えた!
「今宵は、ミラちゃんとレムさんの歓迎会じゃ!我ら一文字に家族が二人増えたぞ。お前らっ、気合い入れて宴をせえ、ええか 一文字の底力を見せたれや!」
久しぶりに元気な鉄斎の指令を聞いた古参の高弟達は、ニヤリと笑う。
おいおい、仕方ねえなwと。
いっちょ俺らの本気を見せてやりますかと。
レムは、びくぅと震えた。なぜ急に名前を呼ばれたのだろう。顔が、驚きに染まる。
「宗家、私もですか?」
「もちろんじゃ、お主は、ミラちゃんの家族じゃろ。儂は知っておるよ。だから、今日からは、お主も堂々と一文字レムと名乗るが良い」
レムが感激し、ぺこりと頭を下げた。
粋な計らいに、レムの頬は紅く染まり鉄斎を尊敬の瞳で見つめた。
しかしながら、鉄斎は策士である。
残念だが、全て発言の裏には計略がある。
さらにネタばらしすると鉄斎は、生まれて初めて計略を自らの欲望のためだけに使っていた。
(これで、ミラちゃんの好感度アップじゃあ!)
最低である。
まぁ、ミラも幸せそうに笑ったので、世界は平和なのかもしれない。
この日の歓迎会は、贅を極めた。
いつもは、下っ端が準備するのだが、今夜は鉄斎の暴走に悪ノリした高弟達が本気を出したからだ。
花火が打ち上げられて、見たこともないような食事が並ぶ。お菓子、ステーキ、魚の活造り、フルーツ盛りは当たり前で奏者や奇術師も次々と登場する。
今夜は、お酒も出してしまえ。
「凄いよー沙耶ちゃん。まるでお祭りみたい。ね、ね、ね!」
ご機嫌に興奮したオレンジが跳ねる。ゆさゆさと揺すられて艷やかな黒髪が揺れる。
「そうだネ、ミラ」
ドン引きする沙耶を置き去りに、門下生たちもまた鼻の下を伸ばしっぱなしになっていた。
それもそのはずで、ミラは意外にもモテ要素が揃っている。
まず強い。長兄すら倒すほどに。これは、武を崇拝する一文字では最強カード。
そして、よく見れば可愛い。
むしろ芋っぽい服装に加えて、食客というお近づきになれそうな立場がいい。
つまり、ハードルが低く見えるのだ。俺にもチャンスあるのでは?というところがポイント高い。
こうして、クールに対応した次兄以外は、沙耶の好感度を下げる事となった。
(うー。何だ、何が起きている?)
床の間よりようやく意識を取り戻した斬鉄が、乱痴気騒ぎに目を丸くして近くにいた門下生を問いただした。
「お前ら、これは何の騒ぎだ」
「はいっ!当主様、今夜はミラちゃんの歓迎会です。あちらで鉄斎様が取り仕切っておられます」
視界の隅に、はっちゃけた鉄斎を見つけて、いまだズキズキ痛む頭を抱えた。沙耶め、2発目のローキックは頭に響いたぞ。手心を加えず完璧に沈めにくるとか、我が娘ながら恐ろしい。
目覚ましにと、気が利く門下生から渡された水を飲んだら酒だった。ぶっ、酒だぞ?思わず全部飲んでしまったが。
そして思った、もう知るかと。ういーっ。今夜は祭りだあ。
「あぁ、もう!こんなに大量に食料を用意しては食いきれんぞ。仕方ないから、街の住人も招待して差し上げろ」
「分かりました。街を上げて祝いましょう!」
「そうだ、早く行けい!」
意外かも知れないが、一文字家は筋肉を鍛えるという残念な理由で普段はお酒を一滴も飲まない。
そして、飲み慣れてない人間が、急にたくさん飲むと酷い事になる。
「ひゃははは!」
「ひひひ」
「一文字は最強おおお」
「おっ白菜だったか!復活したのか。まあ飲めや、限界まで飲めえええ」
「な、なんで俺が」
「お前は、一文字の食客と死合して生き延びたんだ、誇っていいぞ!」
「くそっ、あの魔王は食客だったのか、どおりで」
「ハーッハハ」
「ゲラゲラゲラ」
この世界は子供もお酒を飲んでいいので、もちろんミラも飲んでいる。酔っ払ったミラは、ぎゅぎゅっと甘えるように、大きなおっぱいを鷲掴みにしていた。
「沙耶ちゃん。好き好き」
「マスター、私はレムですよ」
困った顔でレムは笑う。
「うにゅう、レムも好き」
「はい。私はマスターのモノです。だから、もうお休みしましょうね」
お姫さま抱っこで、ご退場。
そしてもう一人のアイドルはやけ酒を飲んでいた。
「ねぇ、お兄ちゃん。皆、酷くない?私が一人娘なのに!」
「そうだね、沙耶は可愛いよ」
絡み酒になっている。
ちなみに、次兄はさっきから可愛いしか言っていない。可愛いは万能だ。
本人は知らないが、美しく強いそして当主の一人娘である沙耶は、門下生達にとって、王国の女王様より高嶺の花すぎるのだ。崇拝こそすれ、恋心を伝える者などいないのが、沙耶の悲劇であった。モテすぎるあまりに、モテない。
もちろん美しさに誘引されて、行動に移そうとした愚かな輩はいたが、すでに武の一族によりそんな愚か者は、地下へと招待されている。
「ねぇ!聞いてるの お兄ちゃん。すぴーすぴー」
「可愛い沙耶は、もうお休みしようね」
お姫さま抱っこで、ご退場となった。
そして廊下で巡り合う二人と二人。
「あっ、レムさんお疲れ様です」
「いえ、今日はマスターがご迷惑をお掛けして、すみません」
ぎこちない二人。
「客間は分かりますか?」
「はい。大丈夫です」
すれ違い際に、次兄は優しく言葉をかける。
「鉄斎が言ったとおり貴女方はもう一文字の家族です。遠慮は不要ですよ。どうか沙耶をよろしく頼みます」
「ありがとうございます」
優しさがレムの心に波紋を打つ。
手のかかるマスターをレムは寝かしつけながら、ミラちゃん歓迎会は幕を閉じた。
【次回予告】
ゆる百合しませんか?




